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ギリシャの哲学・ヒッポクラティスと古事記・字源」(6)


 キンシン=「謹慎・謹臣・禁侵・禁診・近臣・近親・今人・艮神・坤神         金神(戦乱・大水・流行病の悪神)」、        =コンシン=「魂心・懇親・渾身・混信」の  ソウカン=「送還・創刊・壮観・壮漢・総監・相関」で、  トヨタマ=「台与宅魔(図与多真)」の「比賣(比べ売り)」の  オト  =「音(将図)」  タマヨリ=「多(他)巻選」  タマヨリ=「台(壱・壹)馬預里」・「太磨与理」の  ヒメ   =比賣=秘=ヒバイ=「肥培」=ビバイ=備場意=尾馬意       =日場意=鼻唄=薇狽(サルスベリのうろたえ)=比較毎(梅)        等で、「毎(ごと・マイ)」は       「随書」にある       「阿毎」、        「梅(うめ・バイ)」は        「梅里」先生こと       「水戸黄門」である。  「イチのヨはヨコシマ」=「位置の輿の侘(横島)」等・・・である。

 「邪馬台国論争」だってね、  「壱・壹」が「道師多」、  「台・臺」が「童嗣侘」、 「臺」が「動詞他」、  「壹」が  「同氏施太、同士多、同志汰、同市拿、   同紙駄、導史舵、同誌多、同視汰」、  ドウシタでメシが食えるんならイイモンダ・・・ってね、  ウラヤマシイ限りだナ。  「ヨシダ・ショウイン(松の陰)」なんてのはエライが、  フルタさんは「漢字」の「形似・形字」を問題にしたが、

 構成された漢字の部分の分析、分解を検討しなかったらしいし、

 個々の分解された部分漢字、

 「偏旁冠脚遶」を読み解いての

 構成された「漢字」を検討しなかったらしい・・・

 既に「カミ」に  「記録掲示」され、  日本語になってしまった「漢字」、  「イチ・タイ・トヨ」の「フラ」れた   「ルビ音の意味」を疑うコトには

 無関心だったらしい。  「歴史的な文献資料」とは

 「中国の漢籍・歴史書」であろうが、なかろうが、  別な多角的な角度からも  「批判」、「推理」されるベキもので、  「確実な断定」はありえず、

 「漢字文字」の「理解」も  「仮説の可能性」でシカありえない。

 もちろん、ワタクシが

 既にココに記録したものも

 これから記録していくモノも

 出来あがってしまった

 「楷書漢字」である文字構成と、その「意味」に対する

 「妄想のタグイ」であるから

 「ゴカイ」なきようにネッ・・・

 それにしても、

 「部分文字が合体された構成漢字」の

 「漢字辞典」には

 アマリにも意味内容が多く「説明」されすぎている・・・  トウゼンで、アタリマエだが、

 日本人の知識人もスゴイ、

 古代エジプトの

 「ヒエログリフ(hieroglyph)」を、

 「聖刻文字・神聖文字」と翻訳するのだから・・・

 一般的には「象形文字」で、

 「アナトリア-ヒエログリフ

 Anatolian hieroglyphs」だが、

 ワタクシは

 「阿名録り蛙-比絵賂句理附」

 と漢字変換して、ワラってしまう・・・ギリシャ語の「hieroglyphiká

                      ヒエログリュピカ」

               「hierós= ヒエロス=聖なる」

                +

               「glýphō=グリフォ=彫る」に由来

 「漢字文字」も、詰まるところは

 「支配階級の道具」になってしまったが・・・

 勉強時間が与えられない人々には「???」だろうが、

 「官僚」、「商売」を「志す人々」には必要である・・・

 識字と、その理解には教育の時間がカカる・・・のも当然である。

 昔から  「邪魔な大国」って、  「蛇魔他意刻」、  「字也(示也・事哉・似八)魔多異国」  の「漢字」の意味がすべてだろうにサッ・・・?  「屡次(ルイジ・ルジ)」は  「しばしば・たびたび」で、  「屡」の他意は 「つねに・わずらわしい」の意味である。  西欧諸国の歴史上の人物と云えば、

 特に仏国(フランス)の  『Louis(ルイ・るひ=るび)』と云う  「王様の名前」である。  「ルイ一世(Ⅰ)」~「ルイ一八世(ⅩⅧ)」だ。  これらの人物達の事績は歴史が大好きならば、あなたが自分で調べてみてくれ。ここで、「世界人名辞典(東京堂出版・昭和24年発行)」から抜粋していくと有名な  「フランス革命」で  「断頭台の露と消えた王」は  『ルイ16世  (17 54・8・27~1793・2・21)』であった。  フランスの作家の  『ルイ・ピェラ  (1870・12・10~1925・6・4)』は  ギリシャ古典を下敷にした  『ビリチスのシャンソン(歌)』を書いた。  イギリス人の哲学者で、評論家の  『ルイス・ジョージ・ヘンリー  (1817・4・18~1878・11・28)』は  『ゲーテ伝』、  『生命と心の問題』の著作者であった。  そして、イギリス人  『ルイス・ママチュウ・グレゴリ  (1775・7・8~1718・5・14)』  は  怪談『僧侶』、  『恐怖談(1779)』、  『驚異談(1779)』の著作者であった。  「背虫(佝僂病)」の  『ルイス・デ・アラルコン  (1580~1639)』はメキシコで生まれ  「1600年~1608年」  までスペインに滞在した人物で、劇作家、その著書は  『疑わしい真実』は、  『コルネーユ』の喜劇『嘘つき』の粉本にもなり、  『壁に耳あり』、  『良人の試験』、  『セゴービアの織匠』の「戯曲作家」であった。  「夫の試験」とは誰のシケンであったのだろう?  イギリスの  『ルイス・キャロル  (1832・1・27~1898・1・14)』は  『不思議な国のアリス(1865)』、  『鏡の国のアリス(1881)』を書いた人物である。  プロシャ王后であった  『ルイゼ  (1776・3・10~1810・6・19)』は  『フリートリッヒ・ヴェルハイム三世』の妃で、  「1806年」の『ナポレオン侵入』に対して  「チルジット講和」で毅然たる態度で王と共に交渉に望んだ。  その彼女の功績を称えて  『ルイゼ勲章』、  そして

 『ベルリン大学』・・・Berlin (ドイツ=伯林)・・・湿地帯が語源?

 が創設されたそうである。  そして「ルイ」のとっておきは、  フランス王であった  『ルイ・フィリップ (1773・10・6~1850・8・26)』と、  『ルイ・ナポレオン』 こと  『ナポレオン三世』である。  ・・・ルイが及ぶ、ってコノことか?ネッ。   Louie・・・  「ルー」ならば、フランス人の  『ルー  (Roux・1853・12・17~1933・11・3)』  は  『パスツゥール研究所』で、  「ジフテリー毒素」の研究、  「猿」に対して  「梅毒接種実権」の研究者であった。  「梅毒」は

 「アメリカインデアンの風土病(?)」であったらしいが、  「コロンブス」が本国に帰還して  「三年間のうちに全世界に蔓延した」  と云う話(?)がある。  ドイツ人の  『ルー  (1855・6・9~1924・9・15)』は  実験発生学の権威でその著書には  「血管分岐について」がある。  「カレー(curry)・ルー」って何?・・・  「rue」 ・・・興奮剤・刺激剤・・・・後悔・同情・・・  「ルー」ってフランス語で固形・・・?。  「黄色(色はコピー、転写の際に消えました)」  で書いた箇所はココを読んでいるアンタも  「同音異字で検討」してみたら、と、  云う私の  お「節介セッカイ≠石灰・切開」である・・・  随分とハナシがトンダが、関連させて述べたいことは  「ルビ・ルビー」の話しであった。  「ヨミを振る」である。そして、  「同音異字漢字に転換」である。

 ルビィ               ?  ↓               ↓  紅玉(コウギョク)・・・・「皇極天皇」  真紅色(シンクシキ)・・・「振句・針句」、            「深紅・辛苦・審句」            を

           シキ(識・敷・四季・史記・式・指揮)  紅疹(コウシン)・・・・・「功臣・更新・行進・交信・高進・後進           後身・庚申」  赤葡萄酒(セキブドウ-シュ)・・・「石部同・籍部同                跡歩道・関武道・咳部同」  くちびる(唇・シン)・・・「句知毘留・針・振・申・神・審               辰・身・薪・晋・娠・診・・・」等々  献血(ケンケツ)・・・・・「建頁・懸頁・遣結

          謙頁・犬頁

          腱結・・・・・・・肉(ジク→字句)+建+結           兼結・見華柘」  『印』・・・・・・・・・・「小形活字の一」  『ruby wedding』・・・「結婚後四十五年目の            紅玉婚式」

 夫婦になって

 「四拾五年目」には「ルビーの指輪」をプレゼントしなくちゃァならないのだ。そんなに長く連れ添った「ベターハーフ」って最高だな。「二十歳(はたち)」で結婚したとして、双方が生きているならば「六拾五歳」だ。一体全体、「45年間」も一緒にいられるものなのか、ドウなのか、私は未だに独身で、巷の「バッチラー」だからこの歳で結婚してくれる女性がいたとしても「45年間」は無理である。  もちろん、死際の「水」なんかはアテには出来ないし、  「45年」も経たないうちに「あの世」か、「土くれ」になっているだろう。  『生命は短く、医術は長い』だ。  この『長い』は  「医者の手術時間」なのだろうか、  「発病した患者の病状経過とその結果」  のプロセスなのだろうか、それとも  「医術学問」としての「記録」が  後世に  「長く遺されていく」ということなのであろうか、  あるいは医者の  「タマゴ(卵)」として実践的に養成されていく期間なのだろうか・・・

 『(患者の)生命は短い、   (施術者)は   医術(診療看護)に   長(たけ)よ』である。  ・・・やはり「シンゲン」としては誤訳されていても  『人生短し、芸術は長し』の方がニュアンス的にはイイ・・・  少年老い易(やすく)、学成り難し・・・易=かえる・エキ=重記、重紀           ↓           学=ガク・嶽・語句・獄・極  一寸の光陰、不可軽(かるんずべからず)     光陰=コウイン・黄韻・交音          ↓         拘引・・逮捕、監禁、獄中  未だ覚めず、池塘の早春の夢・・・未覚=ミカク=味覚        池塘=チトウ=知答        早春=ソウシュン=捜駿=宗春(徳川?)           夢=ム=務・武・牟・鵡・六・霧  階前の梧葉、已に秋声・・・・・・階前=カイゼン=改善・海全     梧葉=ゴヨウ=誤用・御用・五洋         已=シ=私・詞・史・施・志          秋声=シュウセイ=修正・修整             集成・輯整・周姓(婿)・習性             終生  (朱熹・偶成詩)・・・朱熹=シュキ=手記・朱記・・・朱鷺(とき)       ↓      偶成詩=グウセイシ=宮星支      遇生死      寓正視      隅誓詞  『光陰は矢のごとし(如)』である。

 この「光陰如矢」の

 「矢」は「箭(セン)・梭(ヒ)・流水(リュウスイ)」

 に置き換えられて言われる。  「光陰」の同音異字は  「拘引」であった。辞典、辞書の「コウイン」は、  「行音・行韻・交音・交音・項引・考引・孝引(孝徳天皇)      考寅(虎=天武天皇)」  等々で、「とら・トラ」と「イン」の漢字はワンサカである・・・  「黄寅(天武天皇・吉田寅次郎・木戸孝允      花井虎一・中央・黄帝・虎列刺=コレラ      虎耳草=雪の下、      トラのタヌキのカワサンヨウ」、      トラ、トラ、トラの

     「頁引」、      「敲(稿)引」、      「控隠」、「高隠(高野長英の逃亡)」、      「皐因(高野瑞皐の夢物語)」、      「向(コウ・ショウ)員=尚員(尚歯会員)」  で、「光(ひかり・比掛理)」の同音異字は「景」である。  「卑弥呼」の記録は  「景初二年(238)六月」からである。  「景行天皇」と  『高橋景保』の「地理・輿」である。  「景行」の「景」とは  「景教」の「景(ひかり)」であった。  弘法大師・空海が大唐で知った  「キリスト教(ネストリユウ派)」である。  漢和辞典には  『学文路』を「ルビ」って、  「かむろ(神室)」と読ませている。  「神室(シンシツ)」って、「神宮」であるな。  そして、  「診室」か「寝室」、  「病院」の「診療室・診察室」か  「患者」の「病室」だ・・・「X線照射」のレントゲン室ならば、  咳と喀血を伴う患者に先ずは  「ツベリクリン反応」、  そして確実に  「結核・労咳」の症状を確かめる為に  患者の「肺」に  「X・x・×・χ・〆」線をカケ、  その空洞を探る場所である。ナルホド、  「5(語本)、五(胡本)」で、  「和算」は「十(壱拾)本」、  「かけ算(乗算)」に答えて、  「せき(積)」は  「二十五(弐拾五・似重語)」と云うわけだ。  「X」はギリシャ語で「ヒ」、あるいは「ハ」。  イタリア語で「イクス」。ドイツ語で「ク・カイ」、スペイン語で「X」は「ザ・ズィ」であったかな・・・  『レントゲン(レンチェン)』はドイツ人で「1845年3月27日~1923年2月10日」まで生存し、「1896年」に「ランフォード賞」、  「1901年」には  最初の「ノーベル物理学賞」を受けた人物だ。

 ・・・X線にかけられたは、ヤッパシ「脳減病」かも・・・  ココは「能生経留章」としとこう。  「1900年」とは

 「明治三十三年」である。  この時代事件を年表で確かめてミヨ!、である・・・  風呂場(屋)での

 「男女混浴の禁止」じゃないぜ、  検索のヶ所は。とにかく、  「患者」といわず、生まれてきた人間すべて、いずれは「神の室(霊廟・棺・柩・墓・骨壷)」、「神の巻」の、「神換」・・・

 「新刊(大日本地名辞典・吉田東吾)、(明星・新詩社)、     (自然と人生・徳富蘆花)、(歌舞伎)、     (大日本植物誌・牧野富太郎)」、  「新館(双葉幼稚園)、  (岡山第六高等学校)、  (工業試験所創立)、  (女子英学熟開校)」  ・・・「心肝」、「神(空)間」、「清(空)間」、「真空管(クルクッス管)」に入る訳だ。  「宮星の支」とは「暦の干支」である。ならば、連鎖的に  「年々歳歳・・・」の「漢詩」である。

 年々歳々、花相似・・・念、撚、華(鼻・塙・把名・甚だしい)相似  歳々年々、人不同・・・再々、西差異、載差異、哉歳、採哉、           尋不動、訊婦道、神浮動  (劉希夷・代悲白頭翁詩)   劉希夷=リュウキイ=隆起医・流紀伊             ↓             たかし=高志・鷹史・贋史  代悲=ダイヒ=弟比・拿医・代比=対比            他意比             ↓            台卑=邪馬台の卑弥呼  白頭=ハクトウ=伯答・把句唐・葉句図胡             翁詩=オウシ=横死・王史・皇史・黄史                 欧史・桜詞(詩)  人生    短       芸術  長  ジンセイ  ミジカシ    ゲイジュツ ナガシ  ↓     ↓       ↓     ↓  訊施意、  診字可詞(施) 解意字喩柘 名可視  甚世・仁政・神世      外夷字諭拓 名歌詞・賀詞               外威時喩柘 名菓子・餓死  「名の貸し借り」であるカモ。  「マボロシの和英辞典・英和辞典」  ここまでヨンでくれたあなたにはキット、シンドイ思いをさせたのに違いない、とワタクシは思います。不親切にもアッチ、コッチに話が飛んでとりとめの無いような文章が・・・アナタノの頭もどうにかなっちゃったカモ知れませんネっ。ゴクロウサンです。

 結論的には既に述べてきたのですが、「古事記」、「日本書紀」、以後の「記録された日本史」は、「江戸初期~中期~幕末~明治初期」の「蘭学者の系譜の産物」ではないのか、と言うことに尽きる、ツキます。  この「蘭学者」の原点は英国人  「ウィリアム・アダムス」、  すなわち  「三浦案針」  であり、日本へ帰化し、  「徳川家康」の「顧問」となった彼の一番必要としていたモノは  「英和辞典」そのものであろうと推理するのです。  「三浦案人の英語」が  「日本語」になっていった可能性は甚大。  鎖国後は 「蘭学」が主流だが、  「新井白石」は  その知識を「世界的視野」に据えて蓄積していったのに違いない。  もちろん、  イタリア人宣教師  「シドッチ」  の密入国を契機にして彼の興味の対象は  「西欧事情とその学問」となった。彼が世界を知ろうとして「参考」にしたのは  「中国の書物」であった・・・  で、私は「三浦案針」が「残していった何か」でもあった、と推理するのだが・・・その後、  「シーボルト」が長崎にやって来て  「蘭学」は最高潮・・・  だが「蘭学者」の悲劇は  「蛮舎の獄」の弾圧・・・ 時代の政治的権力者は、  自分の都合の悪い「思想・学問」を「弾圧」しようとするのが常道だが、「知識者」は「思想」と「学問体系」をそれ以上に巧妙に「隠し伝えていく」。そして、時代の要請は  「ペリーの黒船」来航だった。・・・「ゴライコウ」である?  幕府権力者の危機感はもとより、その屋台骨を支えるモノとして再度「和英・英和辞典」が必要になったのに違いない。  私の立場ですが、  江戸時代初期、中期、あるいは幕末から明治初期にモシ「現存・古事記」が書かれたら、書いた人物はどのような知識と視点で「源・古事記」を記録した、書き写したのだろうか、と言うことに尽きる・・・  「日本人」は「掛詞」が大好きで、「洒落」も。  「掛詞」、「洒落」は暗号のたぐいである。すべてとは言わないまでも、「政治的な批判を込めた意味合い」が強い。  そして、  日本語になった  「同音異字の漢字」はその意味で都合の良い記録手段となった。  「平仮名と片仮名に埋没」  させればその正体を「ナカ、ナ、カナ(カ)」表さない・・・  逆に「漢字の中に埋没」させても同様である・・・  勿論、アルファベットの文字化にも・・・  ダイタイからして「日本国内の地方の方言」は「音声の意味」を教えてもらうか、自分で「文字」で勉強してシラナクチャァ、どうにもならない・・・「英会話」は「国際語」で、聴覚での相互理解には必要だが、視覚からの「文字」での理解がなければ、「契約記録」を絶対視しがちな「欧米人」の「罠(わな)」にハマるかも・・・  たかだか、「コトバ上のコトじゃないか」は、彼ら、「外国人」にとっては「アソビ」ではないらしいから・・・  東洋には「言行一致」の思想があるが・・・「支配階級内のコト」である・・・  だが、日本には「日本国憲法」、ドイツの「ワイマール憲法」、現在の大陸中国には「人民憲法」が、かってのソ連にも「人民憲法」なるモノがあった・・・だが、国家の「政治」で「独裁権力」を握った人物は「まもる」つもりは毛頭ないらしい、なかった・・・  それを許してしまう「土壌」は「民が主である」と考えているらしいダマされやすい、「イイ人々」がワンサカであるらしいから・・・なんせ、「カネ」に困っているヒトビトには目の前に「ニンジン」をぶら下げるだけでイイ・・・「正直者」で、「イイ人々」は「振り込め詐欺のコトバ」に、すぐダマされる・・・「コトバ」には「悪魔」がへばり付いている・・・  その「本質」は・・・なに?・・・命や生活に掛かっている「コトバ」を疑わないからだろ・・・「コトダマ」だから・・・  「ピタゴラスイッチ」は、その理窟を説明してもらわないと・・・「不思議」で、魔法で、奇蹟なのである。  計算どうりでも「大実験」、ヤッテみなくちゃぁ~本当なのかワカラナイから・・・  ダマサレルことも「経験(実権)」が必要らしいし・・・だが、ダマサレタことも、すぐ、ワスレテしまうのかも、寛大で寛容なのかも、どうでもイイのかも・・・ボケで脳ミソがカブレていくのは「漆全(ヒツゼン)」であるし・・・最期は「涅槃」であるが・・・  やっぱ、「共同、協同、協働」社会には「老若男女、病人、弱者」も生活ができる「イイ人々の掟と、その実行、行動」が必要だ・・・簡単なコトバの「掟」と「実行」である・・・「イイ人間」が必要とされるのは「ワルイ人間」がいるからだが・・・駆逐は難しい・・・  「イイ人間」とは「盗むな・騙すな・殺傷するな・差別するな」、そして、「異邦人」にも同じでアレ、である・・・当然、どの「国家の掟」も記録があろうが、なかろうがソウであろう・・・だが守られてはいない、守られないのはナゼなのか?・・・「ワルイ人間」はナゼ、発生するのか?  「階級社会秩序」の根幹が・・・「個々人の生きている間のエゴな寄生虫としての自由を護る」と云うコトバの「絶対性」である・・・自然界では「食物連鎖」だが、「弱肉強食」と云うコトバと同義である・・・悲しいけれど、昼にはメンチカツを旨いって喰った・・・  宇宙で、銀河系で、地球で、地域で「個々人は自由に生活の共棲」をしているのか?・・・「自(おのずから)に由(ゆらい)する」って、ナニ?・・・  この宇宙に「自(おのず・みず)から」に存在由来するモノはナニもナイ・・・「諸関係の諸存在」である・・・あたりまえであるが「人間社会の個々人の存在」も同じである・・・アダムにもイヴにも、お互いが生み出した「子供達」に「生きていく為の教育」をするコトが必要だった・・・彼らの運命は「ヘビの仕業」ではない・・・  ・・・TVドラマの刑事物、犯罪物も、単なるドラマも、友情とか人情とかを、愛情、憎愛の「喜怒哀楽」をテーマにしながらも「殺人と盗み、騙し、裏切り」が絡んでのストリーである・・・子供も、大人も面白く観ているんだろうな・・・イイコトも、ワルイコトもマネ(真似)もする・・・  国家間の戦争映画は国家への忠誠、民族、家族への「愛?」だが、見せ場は拷問、殺傷技術と破壊・・・兎に角、「敵」をやつける場面だ・・・  ゲームも「正義?」と「悪義?」の「敵対関係」での指操作でボタンフッシュ、画像の中で「暴力的な戦い」で相手を倒す、ヤツケル、破壊するのオンパレードである。  物語のホトンドが「共同体の一族郎党、恋人、仲間、友人を敵の攻撃から戦って守る」と云う設定だが、見せ場は「残酷な暴力的な戦いの殺傷」で、「勧善懲悪?」の結果で終わる。

 「禁じられた遊び」の結末はない・・・  そして、それからの「正義?」を学び、望んでいるようだが、現実世界では「悪義」と「狡賢い知恵」もマナンで「実行?」する人間もワンサカ生み出している・・・

 「善人」は即、「悪人」に簡単になれる・・・だが、「戦争」では、殺傷しても、敵味方、双方が「善人?」であり、「英雄?」であり、「正義?」である・・・兎に角、殺傷の団体戦に生きて勝たなくちゃぁ・・・アトはナイ・・・   「自由」とは「脳ミソの中の思考領域」でもなく、現実的には「勝った人間の自由」と云うコトらしい。勝者の生きている間の「生殺与奪権」、相手を「暴力」をバックに拘束、命令、動かすコトができる「人間社会の序列枠」での権力と権威、そして大カネを握った「人間のコトバ」であるらしい・・・「勝手にデキル人間の条件」でアル・・・だが、人生の履歴で「勝者」である時間枠は限られている・・・彼らの序列の後継者は黙って順序を待ってはいない・・・「勝手」は善悪関係無く努力して得るモノだから・・・  極端な「人間」は市民社会でもストーカー殺人、虐め殺人、親殺し、子殺し、そして、理由が、ただヒトを殺めたいだけだったとか、自分では死ねず、「傭兵」にもならず、「逮捕され他者からの死刑(?)」を望んでの無差別殺人だ、と云う奴も存在する・・・  さらに「人間」を殺傷するコトが「社会正義」だとする「思想的な確信犯」も生み出している・・・こういう奴等は強制労働の「奴隷の価値」がある・・・簡単に「税金で殺す価値」もない・・・家畜の食糧にもならない・・・生きている間に地獄があるコトを知るべきであるかな・・・  不思議にこれらの「殺人人間」を「冤罪」でなくても形式的に、あるいは真剣に、その殺傷の理由を「弁護」する人間が存在していている?・・・  そして、「カミやホトケ」の時代は終わったハズなのに、未だ「善も悪も、病も、寿命もカミの所為」にする・・・最期には「懺悔」と云うコトも発明した・・・どうしたワケか「死刑囚」にも彼らの処刑寸前に「坊主」や「牧師」をあてがう。地獄逝きではなく、「人間であるコト」を自己確認させるコトが役目らしい?・・・  簡単(?)に自殺する「人間」もいる・・・不思議な「人間社会」・・・ブラック企業ですか?・・・そもそも「国家」が「ブラック」で支えられている?・・・ブラック(Black)ってナニ?・・・  ・・・だが、市民社会には「医者」が必要だ・・・殺傷の戦場に「軍医」が必要か?・・・階級社会の究極の見本が軍隊であるから「生きていく序列順位」で必要なんだろう・・・市街戦での一般市民への手当は埒外だろう・・・いまや、「戦線・戦場」は無い・・・  医者は「社会の医者=政治家」になるコトを望まないらしい・・・現代では未だに「人を病から救うコト」は「人を殺す」と云うパラドックス(paradox)の危険と表裏である・・・だが、「明治の蘭学者=医者」は幕末には「政治家」を目指した・・・階級社会では「社会の大勢の命」が救えないと「自覚」したからだろう・・・だが、無理だった・・・みんな、「明治民族」になってしまった・・・「外敵」が虎視眈々と狙っているからどうしょうもない・・・

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 古代に「ヒポクレテス(Ἱπποκράτης=Hippocrates)」は三人いた・・・

 「シチリア、ゲラの僭主 (在位前 498頃~491/0) 。紀元前498年頃、兄クレアンドロスの跡を継いで僭主のヒッポクレテス」、そして、

 「直角三角形の三辺上に作られた半円による三日月形の面積が、直角三角形の面積に等しい、というヒポクラテスの定理(月形求積法)のヒポクラテス・紀元前470~紀元前410年のキオスのヒポクラ テス」・・・「相似な円の弓形の比はそれらの底辺の平方の比に等しい」・・・???

 ここでは、「医者のヒポクレテス」

 紀元前460年頃生まれ医者、「ars longa, vita brevis」、産まれたギリシャのコス島は、対的ペルシャ戦争の紀元前478年のデロス同盟~ペロポネソス戦争でアテネがスパルタに敗北し紀元前404年解散だから、ギリシャの都市国家の「全市民は軍人」だったから彼も軍人であるコトを経験していた・・・そして、ギリシャ各地、トラキア、テッサリアなどを遍歴し、「政治家」でもあったろう・・・  「アスクレピオス派の医者、コス島のヒポクラテス」である・・・  「明日くれ比瘀蘇」・・・「瘀(オ)」は「瘀血(オケツ)=貧血で血液不足・目眩・立ちくらみ・冷え、乾燥・痒み・白髪、抜け毛・生理不順・不妊症、眼球疲労・手足の痺れ・不整脈」の病症である・・・ヒッポクレテスは

 「体液の四種(四体液の血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)混合の変調」が病の元とし、「自然環境、政治環境」が病に影響を与えるともした・・・「政治環境」は当然であるかな・・・長寿国・・・それでも、「不老不死」ではない・・・「不労父子」って、ナニを「臥(伏)」すんだか、・・・富士山で不老不死の薬を燃やしたのは「かぐや姫」の爺婆(じじばば)だった・・・


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