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「史記・書」(1)・(46ay)


 史記・書(1)・(46ay)  もう、「天智四年」以降の「人物名」や、「場所」はあなたに任した。  とにかく、「則天武后」の配下の人物が「日本史」を「ちぎった(千切)」のだ。もちろん、「乳切り=つえ・ぼう」で叩いて、「一貫目(3・75㎏)」以上の重さを「扛秤(ちきり)=天秤」で「ハカッタ」のだ。しかも「則天武后」は愛人の「懐義」に命じて「小指に人間が数十人も入れるような乾漆の大仏を天堂」に安置させ、諸国に「大雲寺」を置いたのだ。「クモ」である。スナワチ、ヤマトから「唐=則天武后の周」のいる方角、「西」の「竜田神社」、「出雲大社(大赦)」に対してもさえも「白村江」の代償、懺悔として、「畏敬」の場所を設置させた、と言うわけだ・・・。  もちろん、彼女に反撃、反抗した人物は「一抔の土いまだ乾かざるに、六尺の弧いずくにか在る(一抔土未乾。六尺弧安在)」と「檄文」を書いた「李氏一族」の「李敬業」、「李敬猷」、そして「駱賓王」だ。 「李一族」はもともと「徐氏」であったが「高祖」から「李」姓を賜ったのだが、この事件で、「徐氏」に戻されたのである。「ジョシ」に戻るのだ。  「徐」は「ジョ(おもむろ・ゆっくり・おだやか・やすらか・しとやか・おそい)」とよみ、「徐=彳(股・脛・テキ・チャク・たたずむ)+余(ヨ・あまる)」である。「ジョ=徐」に戻された「リ=李=すもも」である。  テキヨ=「手、寄与・出、喜代・敵誉・『笛与(竹由一)=ふえよ(府重)』・『擢与(出羽隹輿一与)=(主記事与)」、チャクヨ=「嫡与」。「『イ+周』=テキ・チャク・チョウ=優れる・抜きんでる・おろか・そむく・秀才」、「『イ+長』=チョウ=狂う・ふみまよう・虎に食い殺された人の霊が鬼となり虎に使われて凶事なことをする」。「嫡長・長嫡・長謫」で、「長の敵」である。  「オンナの執念深い恐ろしさ」から、三つの「徐=序」に戻った「ス・モモ=す・もも=李」さんが、「黄泉(基線・機先・貴賎)の比良坂(肥羅佐賀・一羅叛・火羅左賀・卑羅早賀)」で、「伊邪那岐」を助け、「葦原・中國」の「青人草(阿将秘匿早)」を護ってくれたのは云うまでもない・・・「桃(木兆)の子(一了)=キ・チョウ(機長・帰朝・基調・記帳・貴重・旗張・氣兆・鬼長)の子」に「名を賜わって『意富加牟豆美命(阿武・噛・罪・名=ネコ=蕭淑妃)』と『號(い=号虎)』ひき」だ。この「モモ」は「全てのモ・モ」の「母毛」を「模藻」で、「茂母・喪母」の「模簿・模謨」である。  ここで見えて来るのは「百済・倭・高句麗」と「新羅・唐」の対立と「白村江の戦後(663年以降の)処理」である。そして、その外交交渉は  「唐(もろこし)の則天武后(女帝)」、  「大和(やまと)持統天皇(女帝)」、  「新羅(しらぎ)の文武王(661年~681年・女王?」  の関係である。「世界史年表」を診れば「新羅」には  「善徳女王」が「西暦632年~647年」  まで存在した。彼女を支えていたのは  「金春秋=武烈王(654年~661年)」  である。「善徳」と云う名の人物は「聖徳太子」の近辺にも存在する。「645年」は「大化改新」だが「皇極女帝(641年~645年)」で、再度「斎明女帝(654年~661年)」と「天皇の位」にあった。すべて、「唐=もろこし=諸古史=模賂(呂)姑始」が「機軸」であるのは云うをマタナイが、この「年表」を鵜呑みには出来ないだろう。歴史、「日本史・天武紀・持統紀」の改作者は「則天武后」、その人ではなかったか。そして、「舎人親王」が更に「その裏を練(錬)った」のだ。  しかも、  ①衝立船戸(勝率遷都)、  ②道之長乳歯(同志長入試)、  ③時量師(示字漁師・地猟師・時両氏・事両紙・似両市)、  ④和豆良比能宇斯(倭頭領卑之烏卯始)、  ⑤道俣(導俣)、  ⑥飽咋之宇斯(方叉駆使得支)、  ⑦奥疎(将嘘・王祖)、  ⑧奥津那藝佐毘古(将苦心拿解意差日呼)、  ⑨奥津甲斐辨羅(往診『甲斐』辺羅)、  ⑩邊疎(経蘇)、  ⑪邊津那藝佐毘古(経新拿解諌卑古)、  ⑫邊津甲斐辨羅(部振解経)  の十二神(壱拾弐振)は「音拿柘著新のモノ」。次の・・・の一四神(壱拾四振)は「音序有音振書状のモノ」。以前、以下の、「・・・の神々は生成」は最後の説明文の「・・・のモノ」が鍵であるのだ。  どちらにしても「ジョ」に戻すのは「三女」、「三序」、「舒(舎予・舒巻)」、「鋤」、「汝」、「如」等・・・の「日本書紀」、「古事記」の「漢字」の場所に戻るのだ。・・・とにかく「現存・古事記」の「序文」へだ。 さて、話を「公書」に戻そう。  「公(おおやけ)」を私流に同音異字で採って部首分解すれば、まずは「大妬(一+人+女+石)」である。「大妬(一+人+女+石)=大きい妬(ねたみ)」で、「ネタミ」のカ所は「古事記・上巻」では「須佐之男」の娘で、「大国主」のはじめの妻(本妻)、「須勢理毘女」だ。「稲羽の八上比賣」と「高志の沼河比賣」に嫉妬したのである。「中巻」では「浮気する夫」に手を焼く「仁徳天皇」の皇后、「石之日賣」であった。彼女は「吉備の黒日賣」、「八田若郎女」に嫉妬したのである。とにかく、古今東西、本妻は浮気の夫を責めるのではなく、ライバルの女性を憎くみ、嫉妬していじめるらしいのだ。ギリシャ神話の「ゼウス」の妻、「ヘラ」の嫉妬は壮絶である。  とにかく、「大妬(おおやけ)」は「ダイシ・タイシ」とも読める。その「同音異字」は、  「ダイシ(台詞(せりふ)」  「大 師(弘法大師・伝教大師・『慈眼大師=江戸幕府の幕閣=天海)』」  「醍 史(後醍醐の歴史)」  「題 詞(タイトル)」  「台 史(邪馬台の歴史))」  「タイシ(聖徳太子)」  「帯 史(タラシと付く天皇)」  「鯛 刺(咽喉に海幸彦の釣り針が刺さった竜宮城の鯛)」=周史(則天武后)  「堆 祇(椎名命)」・・・類字は推古天皇の「推」  「碓 子(小碓命=ヤマト・タケル)」  「大使(遣随使・遣唐使=小野妹子・犬上御田鋤)」  「対詞」  「対支(十二支の対=子午・丑未・寅申・卯酉・辰戌・巳亥)」  である。分解の部分は、  「一人女石(イチニンジョセキ)=(イチジンジョセキ)」   ↓   ↓        ↓   ↓  「一 人 除 籍」  「位置尋 序 籍」   ↓  「壱 認 序 析」  「一 神  女 石」   ↓  「位地忍 除 籍」  「市 訊 如 蹟」   ↓  「ひとりおんなのいし」  「火鳥 女   イシ(オシリスの妹にして妻、ホルスの母、イシス)」  「日とり音 名 意思」   ↓  「飛鳥 御 名 遺志」   ↓  「明日香音 名 異詞  「飛鳥 女  医師(巫)」  「比採り除   籍」   ↓  「独り 女  の一子」  である。「独身女の石」は「石女(うまづめ)」か、「処女の巫」か「後家さん」である。女王の系譜で云えば、  「卑弥呼」-「壱与」、  「額田王(倭姫)」-「十市姫」、  「持統女帝(ウ野讃良)」-「元明女帝」、  「元正女帝」-「孝謙・称徳女帝」  だろう。伏線は処女のまま月に帰還した「竹取物語」の「かぐや姫」だ。  また「おおやけ」は「大灼(一+人+火+勹+一)=タイシャク」、「大焼(一+人+火+尭)=タイショウ」である。すなわち、「帝釈天=皇帝が解釈する天空」であり、「大将・大勝・大賞・対象・対称」であり、「祇園」の「大文字焼」であり、「貸借対照」である。もちろん「史記」と「古事記」だ。しかも、「日本書紀」と「現存・古事記」の関係でもある。  「公私混同」と言う言葉があるが、「行使・格子・講師・公使・公子・公司・後嗣・後肢・厚志・孝子・厚志・後嗣・高士・合志・乞うし・恋うし・子牛(子丑・小主)」の「混同」で、「金堂」、「金銅」、蝦夷地を探検(寛政十年四月・1798年)した「近藤重蔵(守重)」とその子供、八丈島に流された「近藤富蔵」さんカモ・・・とにかく、この「寛政十年六月・1798年」には「本居宣長」が『古事記伝』全巻を完成させた、とある・・・彼が読んだ『古事記』とは・・・怪しいモンダよなぁー・・・彼も騙された被害者・・・あるいは詐欺師カモ。  「公=八+ム(はち+よこしま)」の「ハム(食=くう・おす)」は『乾燥(観相)』させた『干し肉(補詞似句・星字句・舗子磁区)』で、『薫製の肉(訓整の字句)』」と「空(クウ=句得)」で、「オス=推理」だ。  「公書(コウショ)」ならば、「高所(たかいところ)」は「高井の常呂・他界の所」で、高井は「山幸彦(火遠理命)」が「竜宮城の『真名井戸』の木の上(香木=高木)」で、「豊玉毘賣」を見初めた場所である。  父親の「司馬談」は「武帝」の「元封元年(前110年)」に死亡し、「司馬遷」が「三十六歳」の時であった。 そして、「司馬遷」は「元封三年(前108)年」に「太史令」に任じられた。さらに「太初元年(前104年)」に「太初暦」を作り、「史記」の著述にとりかかったのである。  「史記」は「本紀十二巻」、「表十巻」、「書八巻」、「世家三十巻」、「列伝七十巻」、「合計百三十巻」からなる。これらの「漢字」、「漢数字」は既に説明してあるのだが思いだして欲しい。  元封元年 =彦(諺)赴(婦)(鵜)玩(本)合歓(合巻)  前110年 =1+1+0=十一   =壱拾壱  三十六歳 =3+6=9=参拾六  =纂重武  元封三年 =惨=蚕撚=纂捌・・・・古事記三巻  前108年 =10+8=十八(中八) =壱拾八=位置を拾うヤツ                =1+0+8=9=九  太史令  =鯛知例・・・魚の周游回帰  太初元年 =台書玩撚  前104年 =10+4=十四(中四)=壱拾四=位置を拾う始  太初暦   =台所歴・・・台所(処・拠)は厨房、主婦の調理場=邪馬台       =大暑の対処は古代診  本紀十二巻 =本気(基) ・十二=壱を拾う弐・・・乾  表十巻 =彪(評=郡)・十 =壱拾・位置重・・干(甲~癸)  書八巻 =所(渚)  ・八 =刃薙・葉名疑・・観  世家三十巻 =生家(西家)・三十=参拾・讃重・・・諌・・・持統紀  列伝七十巻 =裂伝(裂田)・七十=七拾・始地・・・姦(甲)  合計百三十巻=合景(合稽)・百三十=壱百参拾・・・換  ↓↓   ↓  会稽   位置の桃を三、拾う(伊邪那岐命)  ↓ ↓  ↓   トウ =桃=木+兆= キチョウ=貴重  ↓  ↓     ↓ ↓    ↓ ↓ ↓↓  ↓   問     目 キ座視   記帳  横島 島(嶋) 女 規座視   基調     唐     眼 岐座視   帰朝     縞    芽 黄唆示   鬼長     志摩    雌 起娑子   姫長                 岐長・議長  「天漢二年(前99年)」に「司馬遷」の「親友」の「李陵」が「貳師・将軍・李広利」とともに「匈奴」征伐に従い、敵の捕虜となり、「武帝」からその立場を非難されたのであるが、「司馬遷」は親友を「弁護」したのだ。この弁護が「武帝」の「激怒」するところとなり、「天漢三年(前98年)」に「宮刑」に処せられてしまったのである。  以上のことを「古事記」と重ねると・・・  天漢二年=転換(展観)・似撚  前99年=九十九=九拾九=究重宮=九重の宮=申                  =真重の 久住の工(巫)                  =清朝  苦渋の供                       苦汁の琥  親友 =深憂・真勇・診熊・真酉  李陵 =鯉領(竜宮城)=すももの陵=素母喪の陵墓  貳師将軍=西司将軍=字示章汲む(自死傷軍・迩子承軍)  李広利 =履行鯉  匈奴 =郷土(橿土)  捕虜 =補侶  弁護 =わきまえる(和気前留)守  武帝 =天武  激怒 =逆度(解企度)  天漢三年=転換三土史  前98年=九十八=前(真重)の九を拾って八を撚る  宮刑 =球形・休憩・求刑・急啓・弓形・究掛      =宮の刑=酉酉・辰辰・午午・亥亥=自刑          =丑戌・戌未      =恩なき刑          =子卯・卯子      =礼なき刑          =寅巳・寅申      =勢いを恃む刑  ↓  母=怙(父)の対  である。  そして、彼、「司馬遷」はこの無念を「史記」著述の情熱に転嫁し、獄中で書き続け、「太始元年(前96年)」に出獄した後、「官宦」として「中書・謁者令」に任じられ「征和二年(前91年)」に完成させたのである。「宮刑」、「八年後」、彼、「五十五歳」の時であった。  云うまでもなく漢字転換すれば、「太始元年=台紙本撚」であり、「前96年=9+6=壱拾五=くむ」で、「出獄(舅)=山山嶽=讃纂の姑(舅)」の後(互・語)、「中書=名賀(那賀・長賀)所」の「謁者令=越者霊(愛知者)」に任じられ、「征和=西和=清和」の「二年=字撚(捌)=児撚(捌)」、「前91年=9+1=壱拾」である。  さらに、「宮刑(球形)」の「八年後(鉢撚語)」、「五十五歳=五拾五=語を披露う互」の「時=朱鷺・鴇・穐・時岐・土岐・辰・解・土記」なのだ。 その「征和二年(前91年)」には「戻太子の乱」=「巫蠱(フコ)の乱」があり、「『益州』刺史」から「護北軍使者」になっていた「任安」が過失が無いのにも拘らずその責任を問われて死刑の判決がくだされたのである。 「『益州』刺史」の『益州』は「星図」を観れば南西の未支にあり、この方角に「八穀・積水・北河・五諸侯・天尊・水位・南河・四賣・天狗・野鶏・孫・弧矢・天社・老人」が存在する。  もちろん『益(ます・エキ)州』は「倭の帥升」の「升(ます)国・亦(エキ)国」の指す支でもあるのだ。  「戻太子の乱(霊=球磨太子の覧)」=戻る大使の覧・戻る対史の覧  「巫蠱(フコ)の乱」=婦姑(府虎・夫子・冨股)の覧  「益州刺史」=亦醜(秋・楢・拾・囚・宗・周・収)の察史(冊子)  「護北軍使者」=互補句組試写  その彼の死刑直前に「司馬遷」は、彼、「任安」に宛てた手紙、「任少卿に報ずるの書」を書いたのだ。 「任安(ジンアン)」なら『ジン・アン』の同音異字を『尋・訊』である。  ジン=神・人・陣・壬・仁 ・甚・靭・塵・尽・迅・腎・刃・荏・侭・稔     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     武 身 笠 申 徳 大 帯 芥 日 速 盂 剣 苒 日 聞  ジム=字務・事務  アン=案・ 暗・闇・庵・按・杏・ 鞍・餡の類似(韜略=六韜と三略=虎の巻)     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     ↓     内 黒 夜 廬 分 園 橋 玉    光

 アム=亜務・鴉務(太陽の務=日務)・編  「尋鞍」で、「『蘇我の鞍作』を尋ねろ」だ。  「ニン・アン」の「音」は漢和辞典をあなたが調べてみてくれ。  さて、「史記」には「度量制度」の「一切」は「六律」に基づく、とあり、「六律」は「万事の根本」であると記録している。 「六律」は「兵法家」に「尤(もっと)も重視」された「虎の巻」である。「敵陣の上にたなびく『雲氣』をみて吉凶を占い、次に『音調』を聞いて戦の勝敗を占う理法」である、としている。  度量制度  =土陵(奴陵・度領)制度(星度・精度)      一切 =一再      六律 =陸奥立  万事の根本=萬字の魂翻(盤字の艮・坤が基)     兵法家=表方氣   尤(もっと)=最      重視 =笠(加佐・傘)の子を診る     虎の巻=寅の換=股間の真氣(金玉の精気)     『雲氣』=運氣=云記     『音調』=音重=将武肇      勝敗 =商売    占う理法 =先方・戦法・先鋒  また、「周」の「武王」が「殷」の「紂王」を征伐したことを記録し、「武力」とは、「聖人が凶暴な者を討伐し、乱世を平和にし、正しきを行うにあたって行く手を阻むものを平定し、危険に瀕したものを救い出す為に存在する」とも書いて有る。さらに、「家庭においては教導用の『笞』は廃められず、国家においても『刑罰』は止められず、さらに天下にあっても『武力』による行動はやめるわけにはいかない」と。「武力」とは単なる「暴力」ではなく、国際紛争の「秩序快復維持」の為、国内人民の「平和的秩序を護る警察」の為、家庭内の「教導用」の為のことである、と。・・・彼の云うことよりも漢和辞典の「武」の漢字説明文の方が的確であるようだ・・・「争いを止めて矛を収めさせる(力)」とある。だがここでは、同音異字が問題である。  「周 」=シュウ=宗・囚・秋(アキ)・楢・酋・集・拾・・・・      =チョウ=肇・張・鯛(タイ)・蔦・朝・長・重・・・・      =まわる=回・廼・巡・魔割る・間割る・真割る・真話留  「武王」=天武天皇  「殷」 =イン=音・隠・引・因・淫・允・寅=虎=斗羅  「紂王」=チュウオウ=中央・中王・沖王・昼旺=糸寸横(伊都の横を図る)  「武力」=ブリョク=部慮句=分絽区=無力              文侶(慮・呂)句=安萬侶の文力            =ブリキ=武利器=武里岐=府里紀  そして、次の記録もある。  「漢」の「文帝」は「匈奴」と「講和」。これを連結してみれば、  「漢 文帝 匈奴 講  和」   ↓  「漢 文提 供何 処宇和」  「漢 文綴 郷土 公  話」  「尚書に七正あり」は、   ↓  「尚書に七正 あり」  「高所西地勢 有り」  「公処尼始地生阿里」  「七正(日月五星)の運行に二十八舎あり」は、   ↓  「七正(日月五星)の運行に二十八舎あり」  「始地生      の云公認重葉知者あり」  である。「弐拾八」は「舎人の稗田阿礼の年齢」であった。  「音律(オンリツ)」と「暦(レキ)」は天が「五行(木火土金水)」と「八正の気(八方の風)」を運営し、「万物」を成熟させる根本である。そして、「舎」とは「日月」の宿る「場所」、「氣」を昇らせる「舒」である、と記してある。  「音律=恩立=怨立=恨み絶てる」  「暦=霊気=鬼氣(艮・坤)=歴史」  「舒=女=序」  「舎=写=者」  さて、「五行(木火土金水)」と「八正の気(八方の風)」を運営し、「万物」を成熟させる根本である、と云うことを「表」にすれば、  八 風      方角   月名   支 二十八舎   音律名    ↓      ↓     ↓   ↓  ↓       ↓  「不周風」・・・「北西」・・・十 月・亥・・東壁(壁)・・・応鐘                          営室(室)                          危 (危)  ・・・万物の生死を支配  「東壁」とは生気を開(辟)くこと  「営室」とは陽気を養いはらみ、生み出すこと  「危 」とは陽気が崩れること   亥=「言+亥(おさめる)」=陽気が地下に伏しかくれる  「応鐘」=陽気が活動しない時期  「広莫風」・・・「北 」・・・十一月・子・・虚 (虚)・・・黄鐘                          須女(女)                 十二月・丑・・ 牽牛(牛)・・・大呂                          建星(斗)  ・・・万物が地下で育つ(慈)  「虚 」=「実」であり、「空虚」でもある  「須女」=陰陽の不分離、未分離(疋+月=ショ)  「牽牛」=陽気が万物を引き出すこと        「牽=冒」。「牛=耕し栽培」  「建星」=生物がのびたつこと  「大呂」=万物がつながれてまだ出てこないこと  「条 風」・・・「東北」・・・正 月・寅・・箕 (箕)・・・太蔟  ・・・万物が出ることを支配する  「条 」=筋目をたてて育てられること  「箕 」=万物の基本(棋)である  「太蔟」=万物が群生すること  「寅 」=万物が万物が生まれ落ちて動くさま  「明庶風」・・・「東 」・・・二 月・卯・・尾 (尾)・・・夾鐘                         心 (心)                         房 (房)  ・・・明庶は万物が明らかに出尽くすこと  「夾鐘」=陰陽が互いに挟み合う形  「心 」=恵み始めて中心が尾のような形になる  「房 」=万物の門(房)である                 三 月・辰・・ (抵)・・・姑洗                         亢 (亢)                         角 (角)  ・・・「抵(氏+一) 」=万物が行き着くところ  「亢 」=万物が高々と現れる姿  「角 」=万物が枝別れする姿  「姑洗」=万物がくっきりと現れるさま  「清明風」・・・「東南」・・・四 月・巳・・軫 (軫)・・・仲呂                         翼 (翼)  ・・・風が万物を突き動かして支配すること  「軫 」=万物が大きく盛んになるさま  「翼 」=万物はすべて羽をもつこと  「仲呂」=万物が流転して西に往くさま  「景 風」・・・「南 」・・・五 月・午・・七星(星)・・・生賓                          張 (張)                          注 (柳)  ・・・陽気の道が途絶えること(境)  「七星」=陽数が七から成り立っているからである  「張 」=万物が伸びるから  「注 」=万物の陽気が衰えて下降すること  「生賓」=「スイヒン」であり、陽気が弱まって不活動                 六 月・未・・弧 (鬼)・・・林鐘                         狼 (井)  「林鐘」=万物が成熟しきって死に向かうさま  「弧 」=万物が凋落(呉)すること  「狼 」=万物の長さを量り断ち切ること  「涼 風」・・・「西南」・・・七 月・申・・罰 (觜)・・・夷則                         参 (參)  ・・・大地を支配し洗いとること  「夷則」=陰氣が万物を障害すること  「罰 」=万物の生氣が伐りとり奪われるさま  「参 」=万物の生気が衰えていること  「昌 闔」・・・「西 」・・・八 月・酉・・濁 (畢)・・・南呂                         留 (昴)  ・・・陽気が万物を導いて地下に閉じ込めること  「南呂」=陽気が旅しきたって入りかくれること  「濁 」=万物が氣に触れて死ぬこと  「留 」=陽気が停滞すること                 九 月・戌・・胃 (胃)・・・無射                         婁 (婁)                         奎 (奎)  「無射」=陰氣が盛んなこと  「胃 」=陽気がすべて隠れ潜むこと  「婁 」=万物を呼び集めて入れること  「奎 」=害毒を与えて万物を殺し支配すること  「律数」=五音 階 の音管の相対長 得      音留   ↓↓   ↓↓ ↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓   立枢   語音 諧 ↓ 音感の相対長・・・・長崎・長野・長島・中島・那賀   ↓↓       ↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓    名賀・那珂・長門・長篠・長岡   ↓↓       ↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓    長洲・長久手・中津・中臣   語韻      改 埜 引換乃双対著得・・・埜=木木十一=記紀壱拾壱   ↓↓       ↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓   呉音      改 之 音漢之相対喋   ↓↓       ↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓   呉恩       改 之 姻姦乃嫂台朝・・・・卑弥呼・邪馬台国            海=海女  互怨       加威之恩諌之曹帯張・・・・張政・壱与・卑弥呼            塊(魁) ・・・・奴鬼(重壱姫)・鬼斗(都)  ↓↓       ↓ ↓↓↓↓↓↓↓  后遠       華遺之寅換之総隊長・・・・則天武后・天武天皇                虎  伊都穏 改之将武華務之瀧隊長・・・瀧=水の龍=劉仁軌・劉仁願  ↓↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓↓          水の龍田姫  伊都穏改之将武華務之宗隊長・・・郭務宗(心+宗)  ↓↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓↓      郭公=ホトトギス・でく・人形  ↓↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓↓                『傀儡(カイライ)』  ↓↓ ↓ ↓↓↓↓↓↓↓                『くぐつ』  後怨  解 之将務禍無乃総替著 持統天皇・日本書紀  ↓↓   ↓ ↓↓↓↓↓↓↓  御恩  甲斐之怨諌之総体重・・・・甲府・諌早  後恩  改 之悪務加武之総替緒得・加藤家の改易  ↓↓  ↓  ↓↓↓↓↓↓↓  後音  改  之将務巻之合他意重  ↓↓  ↓  ↓↓↓↓↓↓↓                             得       禰留  「宮(キュウ)」は「9×9=八十一」九・・八拾う壱・・・ハチ重ねる壱  「徴(キ  )」は「9×6=五十四」九・・五拾う四・・・ゴ 重ねる肆  「商(ショウ)」は「9×8=七十二」九・・七拾う弐・・・シチ重ねる貳  「羽(ウ  )」は「8×6=四十八」十二・四拾う八・・・シ 重ねる捌  「角(カク )」は「8×8=六十四」十・・六拾う四・・・ロク重ねる肆  7×7=四十九      有      音留  である。あなたは、この「表」から「古事記」の「何=名似」がみえるであろうか。私には「年号名の漢字の示唆」と「年号数字」、「西暦年号数」の重なりが興味深い「共通項」のように思われるのだが・・・  「現存・古事記」は基本的には天文星座、すなわち「『旋幾玉衡・以斉七政』=北斗七星の運行を観測して七星の運行を考究する(尚書・舜典)』」をベーシックにして、その記事内容が重ねられて展開されているのだ。  次に「史記・暦書」を検討していこう。

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