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あれから七年・・・

2021/11/9・火曜日・・・追加添文・・・

お変わりなしのモノはナニもない・・・

変わってきたのさッ・・・地球上の個々の居住「人間社会協同体」・・・

縄文、弥生の倭人領域に渡航、侵入してきた

難民、渡来人、帰化人の

「人数の多少」の問題ではない・・・

・・・「倭人領域の指導者層」に食い込んで影響力を及ぼしていったのは

・・・「知識人・技術者」の少数人数であっただろう・・・

「戎・胡・夷・蛭子」が

「倭国領域」に入れば

「倭人」は彼らを

「えびす=恵比寿・恵比須」様として尊敬したのさ・・・

だけれども「新羅人」等は各地に分散させた

オマケに「東漢氏(やまとのあやし)」・・・

「倭漢直の祖の阿智使主」・・・邪魔人の怪しは裏切り者?

阿智王

七姓(朱・李・多・皀郭・皀・段・高の七姓漢人)

と共に渡来

602年

新羅征討計画の際に兵器製作担当

崇峻天皇暗殺

東漢駒(東漢直駒)が暗殺実行

「壬申の乱」

で生き残り

平安時代

蝦夷征討の坂上苅田麻呂・田村麻呂

阿智使主の直系の子孫は

天武天皇より

「忌寸」・・・「忌」の「寸」は警戒すべきヤツラ?

の姓を賜り

他の氏族とは姓で区別された?

「掬」の代に東漢直姓を賜った

東漢氏

坂上氏・書(ふみ)氏・(文氏)・民氏

池辺氏・荒田井氏

などの直姓氏族に分かれ

八色の姓では

「忌寸」姓

8世紀~9世紀

「坂上」氏が「宿禰・大宿禰」を賜った

「イズモ(出雲)の國譲り」・・・伊都摸・伊豆摸・意図喪?

「卑弥呼の時代の倭国大乱」・・・

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 調略の雄

 黒田 官兵衛

 天文十五年十一月二十九日

 1546年12月22日(ユリウス暦)

 1547年1月1日(グレゴリオ暦)

 ~

 慶長九年三月二日

 1604年4月19日

 幼名 小寺万吉

 改名 祐隆・孝隆

    黒田孝高

 法名 如水円清

 別名 官兵衛・小官

 略称 黒官

 號  如水軒

 神号 水鏡権現

 戒名 龍光院殿如水円清大居士

 霊名 シメオン(洗礼名)

 墓所 福岡市博多区千代の崇福寺

    京都市北区大徳寺塔頭龍光院

    和歌山県

    伊都郡

    高野町の高野山奥の院

 官位 従五位下・勘解由次官・贈従三位

 主君 小寺政職・織田信長・豊臣秀吉

    豊臣秀頼・徳川家康

 藩  豊前 中津藩主

 氏族 小寺氏・黒田氏(宇多源氏)

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「倭人指導者」の伝統は

「支配者」が敵に降伏する条件・・・

「百姓生活者」を無駄死にはさせない

「敵との妥協」

「自己責任の自決(自死)」・・・?

「豊臣秀吉」の「戦法」・・・?

・・・「戦国時代の倭人武士の戦法=作法」・・・

 ↓↑

 備中

 「高松城の戦い」

 ↓↑

 天正十年(1582年)

 「織田信長」の臣下

 「羽柴秀吉」が

 毛利氏配下の

 「清水宗治」

 の

 「備中高松城」

 を水攻めの最中に

 「織田信長」が

 「明智光秀」の反逆で

 「本能寺の変」で殺され

 秀吉は毛利方と和睦を結び

 「清水宗治」

 の自刃切腹を見届け

 軍を姫路へ引き返した

 ↓↑

 清水 宗治

 天文六年(1537年)

 ~

 天正十年六月四日(1582年6月23日)

 ↓↑

 備中高松城主

 三村氏、毛利氏に仕えた

 三村氏の有力配下

 石川久智の娘婿

 ↓↑

 改名 才太郎(幼名)→宗治

 別名 長左衛門

 戒名 清鏡宗心

 墓所 備中高松城跡(岡山県岡山市北区高松)

 墓  清鏡寺(山口県光市)

 主君 石川久武→毛利輝元

 氏族 備中清水氏

 父  清水宗則

 兄弟 宗知(月清入道)・宗治・難波宗忠(伝兵衛)

 妻  石川久孝 娘

 子  宗之・景治・難波宗定

    娘(中島元行室)・孃(駒木根清右衛門室)

 ↓↑

「イズモの國譲り」・・・和平協定・・・諏訪への移転?

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 黄巾の乱(黃巾之亂)⇔太平天国の乱(1851年~1864年)

 後漢末期       清朝・死者総数2,000万人以上?

 「蒼天已死 黄天當立 歳在 甲子 天下大吉」

 (『後漢書』71巻 皇甫嵩朱儁列傳 第61 皇甫嵩伝)

 ↓↑

 184年(中平元年)・・・184年

 中国      146年~189年「倭国大乱」?

 ↓↑ 

 「太平道」

 教祖

 「張角」

 が組織的に起こした

 「農民反乱」

 「黄色い頭巾」・・・黄幡・告諭

 を頭に巻いて叛乱

 「黄巾起義」

 小説『三国志演義』

 「黄巾賊」の叛乱

 ↓↑

 184年(光和七年・干支=甲子年)

 「馬元義」

 が洛陽の中常侍の

 「封諝」

 「徐奉」

 等と内応、3月5日に蜂起を約束したが

 「張角」の弟子の

 「唐周」が宦官達に密告し発覚

 「馬元義」は車裂き

 「霊帝」は

 宮中の衛兵や民衆千人余りを誅殺

 「張角」捕縛の命を下した

 ↓↑

 2月

 「張角」

 諸方に命じ一斉に蜂起

 自らを

 「天公将軍」と称し、弟の

 「張宝」

 「張梁」

 地公、人公将軍とし

 安平

 甘陵で

 「張角」に呼応した住民が

 安平王「劉続」

 甘陵王「劉忠」

 を捕らえた。

 ↓↑

 3月

 「霊帝」は

 「何進」を大将軍とし

 将兵を都亭に駐屯

 八つの関に都尉を置き洛陽を守護

 「皇甫嵩」

 「呂強」

 等の進言によって

 「党錮の禁」を解き

 清流知識人が黄巾軍に合流するのを防いだ

 人材を募り

 「盧植」を

 「張角」がいる冀州方面へ

 「皇甫嵩」

 「朱儁」

 に豫州潁川方面へ派遣

 ↓↑

 4月

 「朱儁」

 潁川で黄巾軍の

 「波才」と激突し敗走

 汝南太守の

 「趙謙」は

 邵陵で黄巾軍に敗北

 ↓↑

 5月

 「皇甫嵩」

 「朱儁」

 は長社に籠城

 「波才」

 大軍で包囲

 「皇甫嵩」

 火計を用いて波才軍を混乱させ

 長社を討ってでて

 「波才軍」を敗走させ

 援軍

 「曹操」軍と合流追撃

 陽翟で

 「波才軍」

 6月

 西華で

 「彭脱軍」

 を破り

 黄巾軍の別働隊を破った

 「王允」

 と共に豫州を平定

 ↓↑

 荊州・南陽

 黄巾軍

 ↓↑

 3月

 荊州南陽で

 「張曼成」

 率いる

 「南陽黄巾軍」蜂起

 南陽太守の

 「褚貢」を攻め殺し

 自らを

 「神上使」と称し

 宛城に駐屯

 ↓↑

 6月

 南陽太守

 「秦頡」は

 「張曼成」を攻め斬り殺した

 「南陽黄巾軍」

 は新たに

 「趙弘」を指揮官とした

 豫州を平定し終えた

 「朱儁」は

 荊州刺史の

 「徐璆」

 「秦頡」と合流し宛城を包囲

 ↓↑

 8月

 「朱儁」更迭の噂が流れ

 「朱儁」は攻撃を開始し

 「趙弘」を斬った

 黄巾軍は

 「韓忠」

 を代わりに立て再び宛城に籠城したが

 「朱儁」揮下の

 「孫堅」によって宛城は落城

 「韓忠」は降伏しようとするが

 「朱儁」拒否

 「韓忠」は

 「秦頡」に殺され

 「南陽黄巾軍」

 は新たに

 「孫夏」

 を立て抵抗

 ↓↑

 10月

 「朱儁」は

 「孫夏」を破り

 「南陽黄巾軍」壊滅

ーーーーー

 184年           247年

(光和七年・干支=甲子年) (正始八年)

 ↓↑           干支   丁卯

              神功皇后 四十七年

              皇紀   907年

              魏    正始八年

              蜀    延熙十年

              呉    赤烏十年

              高句麗  東川王二十一年

              新羅   助賁王十八年

                   沾解王元年

                ・・・沾=漬・ひつ・水につかる

                   ひたる・ぬれる・湿る

                   百済   古尓王十四年

 ↓↑           卑弥呼  狗奴国王・卑弥弓呼と戦う

 後漢  vs  黄巾軍  邪馬台国

 指導者     指揮官  ↓↑

 ↓↑      ↓↑   ↓↑

 何進      張角・・・張政=魏国の支配地域

                 帯方郡の

                 塞曹掾史

                 帯方郡太守

                 王頎の部下

                 正始八年(247年)

                 邪馬台国に派遣

 ↓↑      ↓↑

 盧植      張宝

 皇甫嵩     張梁

 朱儁      張曼成

 董卓      波才

 ↓↑

 後漢の衰退

 劉備の蜀

 曹操の魏

 孫権の呉

 の鼎立

 三国時代の契機・・・

 ↓↑

 『後漢書・東夷伝』

 「永初元年(107年)

  倭国王 帥升 が後漢へ使者」

 『新羅本記』

 「十年(193年) 六月倭人大饑・来求食者千余人」

 『魏志倭人伝』

 「男王の系統が70~80年経過後に争乱」

 『後漢書』

 「桓帝・霊帝の間(146年~189年)に大乱」

 『梁書』

 「霊帝光和年中(178年~184年)に大乱」

ーーーーー

 『三国志』魏書 卷30 東夷伝 倭人(魏志倭人伝)

 「其國 本 亦 

  以 男子

  爲 王住

  七八十年

  倭國亂 相攻伐 歴年

  乃

  共立

  一女子

  爲 王

  名

  曰 卑彌呼

    事 鬼道

    能 惑衆

    年已 長大

    無 夫婿」

 ↓↑

 『後漢書』卷85 東夷列傳第75

 「桓 靈閒

  倭國 大亂

  更 相攻伐

  歴年

  無 主

  有一女子

  名

  曰 卑彌呼

    年長 不嫁

    事 鬼神道

    能以 妖 惑衆

    於是 共立

    爲 王」

ー↓↑ーー

 卑弥呼の

 女王国が

 狗奴国との戦い

 248年頃に

 卑弥呼が死去

 男王の後継問題で混乱

 卑弥呼の宗女

 十三歳

 「壹與(臺與)」

 が女王になり収まった

 266年

 晋の

 「武帝」に遣使、朝貢

ー↓↑ーー

 「卑彌呼以死

  大作

  家(塚)

  徑百餘歩

  徇葬者 奴婢 百餘人

  更立男王 國中 不服

  更相誅殺 當時 殺千餘人

  復立

  卑彌呼 宗女

  壹與

  年十三

  為 王

  國中遂定

  政(張政)

  等

  以

  檄

  告喻 壹與

  壹與

  遣

  倭大夫

  率善中郎將

  掖邪狗・・・・和気・譯

         ヨコシマなイヌ

  等二十人送

  政(張政)

  等還

  因詣

  臺

  獻上 男女生口三十人

  貢

  白珠五千孔

  青大句珠二枚

  異文雜錦二十匹

 ・・・「かっとう・カットウ・かつとう・カツトウ」・・・昨日、3月17日14時頃・・・「従姉の御主人」が亡くなった・・・  ・・・以下はスベテ、ブログ辞典、他人のブログ記事、そして毎度「ウイッキペデア」から「参照、参考」にして抜粋したものを少々改作添付したモノ・・・該当「原文」は「当該文字」をコンピュータで検索すれば、即、検索可能なものです・・・「意味内容、概念規定の判断」はご自分で・・・過去のボクの「日記、記録文」、今後も、このボクの「立場」はオナジです。ボクの「文字記録」に「オリジナル」はアリマセンので、この点は「ご理解・ご了承」を・・・叙述説明が「肯定文、否定文、断定的な文」であったとしても「推測・妄想」のタグイの枠内であるコトを・・・「イチャモン」でもありません・・・「ボクの記録文言」に失礼な箇所があればご容赦ください・・・  ・・・ボクの今現在の生活はネコのモモとブブの「餌代+アルファ+モウソウ」で、TVで拝見した「多摩川河川敷で生きているヒトビト」と若干、「立場」は異なりますが、「ホトンド」がオナジ「シンジョウ」です・・・ ーー↓ーー  葛藤(カットウ)  葛(かずら)+藤(ふじ)  枝がもつれ絡む  人と人が互いに譲らず対立し、いがみ合うこと  心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、  そのいずれをとるか迷うこと  葛藤(クズとフジ)  葛藤=葛(クズ)+藤(フジ)  蔓草と藤  葛藤(かっとう)=葛が「つる草」+藤が「つるの花木」  内部に於ける統治上の  葛城氏と藤原氏の激しいもつれ・・・  諸葛亮と藤甲兵 ーー  「藤甲軍」は南蛮にある  「烏戈国の王」、  「兀突骨」配下の戦闘部隊(三国志演義・第九十回)  「藤の蔓を油に漬け、後に陽に晒し、   乾かす作業を十回あまり繰り返して鎧を作った」  「藤甲を着れば水に沈まず、湿らず、刀も矢も徹さない」  「諸葛亮の南蛮征伐で   六度擒(手+禽=とりこ・ゴ・キン・捕虜)にされて   六度許された   南蛮王の   孟獲は、   帯来洞主の薦めにより、   烏戈国の王である   兀突骨は藤甲軍三万を率いて、   諸葛亮の蜀軍と戦うが   諸葛亮は  「藤甲軍の鎧は油に漬けられて作られている」と  「藤甲軍を盤蛇谷に誘い、地雷の火攻めで全滅させる」   ↓↑  「擒(とらえる・いけどり・とりこ・キン)」   擒捉・擒縛(きんばく)・・・猛禽類→鷹・鷲・鳶・隼              たか・わし・とんび・はやぶさ  「欲擒姑縦(よくきんこしょう)」   擒(とら)える事を欲するならまず逃がせ)  「兵法三十六計」の・・・・三十六計、逃げるが勝ち               逃げ場所が無い・・・ニッポン?  「第十六計の戦術」   敵をわざと逃がして   気が弛んだところで捕える作戦  「擒賊擒王(きんぞくきんおう)」   三十六計の第十八計   敵の主力を叩き、   指揮官、中心人物を捕らえられれば、   交戦せず、敵を弱体化できる   ↓↑   ウイッキペデアより抜粋   ↓  5世紀頃までの故事を  17世紀  明末清初の時代に纏められた物  1941年、邠州(陝西省邠県)で  再発見され、大量に出版  兵法書として  「孫子」よりも民間において流布  六計六組の配列で記載  「三十六計」  魏晋南北朝時代の  宋の将軍  檀道済の、  「三十六策、   走るが是れ上計なり   ・南斉書・王敬則伝」  は具体的な内容は不明で、  「兵法三十六計」と直接の関係が無い・・・? ーー↓ーー  勝戦計  戦いの主導権を握っている場合の定石   ↓  瞞天過海  敵に繰り返し行動を見せつけて  見慣れさせておき、  油断を誘って攻撃・・・・・・大陸中国カモ  囲魏救趙  敵を一箇所に集中させず、  奔走させて疲れさせてから撃破  借刀殺人  同盟者や第三者が  敵を攻撃するよう仕向ける・・・ロシア              ・・・韓国カモ  以逸待労  直ちに戦闘するのではなく、  敵を撹乱して主導権を握り、  敵の疲弊を誘う・・・・・・・大陸中国カモ  趁火打劫  敵の被害や混乱に乗じて  行動し、利益を得る・・・・・大陸中国カモ  声東撃西  陽動によって  敵の動きを翻弄し、  防備を崩してから攻める・・・大陸中国カモ  ↓  敵戦計  余裕を持って戦える、優勢の場合の作戦  ↓  無中生有  偽装工作をわざと露見させ、  相手が油断した所を攻撃・・・大陸中国カモ・・・  暗渡陳倉  偽装工作によって  攻撃を隠蔽し、敵を奇襲・・・北朝鮮カモ  隔岸観火  敵の秩序に乱れが生じているなら  あえて攻めずに放置して  敵の自滅を待つ・・・・・・・ロシアかも  笑裏蔵刀  敵を攻撃する前に  友好的に接しておき、  油断を誘う・・・・・・・・・大陸中国  李代桃僵  不要な部分を切り捨て、・・・アメリカかも  全体の被害を抑えつつ勝利  順手牽羊  敵の統制の隙を突き、  悟られないように  細かく損害を与える・・・・・ロシアかも  ↓  攻戦計  相手が一筋縄でいかない場合の作戦  打草驚蛇  状況が分らない場合は  偵察を出し、反応を探る  借屍還魂  死んだものや他人の  大義名分を持ち出して、  自らの目的を達する・・・・・韓国・大陸中国  調虎離山  敵を  本拠地から誘い出し、  味方に有利な地形で戦う  欲擒姑縦  敵をわざと逃がして  気を弛ませたところを捕らえる  抛磚引玉  自分にとっては  必要のないものを囮にし、  敵をおびき寄せる  擒賊擒王  敵の  主力や、  中心人物を捕らえることで、・・・アメリカ  敵を弱体化  ↓  混戦計  相手がかなり手ごわい場合の作戦  ↓  釜底抽薪  敵軍の兵站や大義名分を壊して、  敵の活動を抑制し、  あわよくば自壊させる  混水摸魚  敵の内部を混乱させ、  敵の行動を誤らせたり、  自分の望む行動を取らせる  金蝉脱殻  あたかも現在地に留まっているように  見せかけ、主力を撤退させる  関門捉賊  敵の退路を閉ざしてから包囲殲滅する  遠交近攻  遠くの相手と同盟を組み、  近くの相手を攻める・・・・ニッポンかも  仮道伐虢  攻略対象を  買収等により分断して・・・アメリカ・大陸中国・韓国  各個撃破する  ↓  併戦計  同盟国間で優位に立つために用いる策謀  ↓  偸梁換柱  敵の布陣の強力な部分の相手を  他者に押し付け、  自軍の相対的立場を優位にする・・・ニッポン  指桑罵槐  本来の相手ではない  別の相手を批判し、・・・・・・・・韓国・大陸中国  間接的に人心をコントロールする  仮痴不癲  愚か者のふりをして  相手を油断させ、  時期の到来を待つ・・・かっての大陸中国  上屋抽梯  敵を巧みに  唆して  逃げられない  状況に追い込む・・・・ロシア・大陸中国  樹上開花  小兵力を  大兵力に見せかけて敵を欺く  反客為主  一旦敵の配下に  従属しておき、  内から乗っ取りをかける・・・カってのニッポン  ↓  敗戦計  自国がきわめて劣勢の場合に用いる奇策  ↓  美人計  土地や金銀財宝ではなく、  あえて  美女を献上して敵の力を挫く・・・かっての新羅  空城計  自分の陣地に  敵を招き入れることで  敵の警戒心を誘い、  攻城戦や包囲戦を避ける・・・・かってのニッポン  反間計  スパイを利用し、  敵内部を混乱させ、  自らの望む行動を取らせる・・・アメリカ・ロシア                 中国・北朝鮮                 かっての列強諸国  苦肉計  人間というものは  自分を傷つけることはない、  と思い込む  心理を利用して敵を騙す  連環計  敵と正面からぶつかることなく、  複数の計略を連続して用いて勝利を得る  走為上  勝ち目がないならば、  戦わずに全力で  逃走して損害を避ける  ・・・これが、大陸中国、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、西欧列強国などの「支配階級としての政治屋」と云うものである・・・  ・・・「ニッポン支配階級」だけが「玉砕戦術」を執った・・・ ーー↓  葛藤・・・葛城領域(先住民)と藤原領域(後住民)   ↓   クズ野郎      唐野郎    ↓       双方武装渡来民  「マキ」や「サイマキ」  腰刀として用いられる  「葛藤のツル」を巻いた  鍔のない短刀  「鞘巻(さやまき)」に由来  「車-海老・蝦・えび」は  鞘巻にも似ていることから、  別称として「さやまき」・・・詐耶麻記  ↓  葛藤の類語  二種類の同時に存在しながら  矛盾する気持ちの  対立コンフリクト(CONFLICT)人・・・  意見、利害が対立していること  論争・摩擦・物争い  争い・繋争・揉事  衝突・紛紜  ごたごた・いがみ合い  対立・不和・争い・もめごと  (家庭)争議  もつれ・摩擦状態  不和  反目  軋轢(アツレキ)・・・軋(きし)む            轢(ひく・きしる・レキ・リャク)            車が踏み通る            轢殺・轢死・轢断            車輪が擦れ合うこと  不仲 ーー↓  武力による比較的長期間の  戦い・争い・闘争・戦闘  engage in armed conflict=交戦  a conflict between two countries=二国間の争い  主義・主張上の  争い・争議・論争・口論  a conflict between father and son=父と子との間の争い  avoid conflict with one's friends=友だちとの争いを避ける  思想・利害などの  衝突・対立・矛盾  a conflict of interest=公私の利害対立  a conflict between law and compassion=法と情との対立  心理、葛藤、二つ以上の欲求が対立した心理状態  undergo [suffer] a mental conflict  心理的葛藤を経験する・煩悶する ーー↓  クズ+フジ=葛藤=つづらふじ(ふぢ)・・・ぶち?・・・扶持・斑・・・ ーー  葛(つる・かずら)=サ+日+匂→(勾匈句匄匃)  ↓                ↓  乞匃=こつがい=コツガイ=食を人に乞うて生活する人              =乞食=こつじき=コジキ    「匄(勹亡)」=亡+人・・・丐(下+勹)は俗字    士匄(范宣子・?~前548)       春秋時代の晋の軍人・政治家・士鞅の父    士匄(士文伯・?~?)       春秋時代の晋の大夫     ↓    「説文解字」の本字は「匃」・・・    「气(もと)むるなり」・・・汽・気(氣)→氤(イン)    「气(いき・キ・ケ)」=求める・与える     气=「ノ-」+「一」+「乁(イ)」        ↓       「ノ一」は       「ケ→竹→毎→年→午」の上部の字       「髪挿し・櫛」で       「毎」は「櫛を貫(毌)く」である              毌(つらぬく・カン)              毋(ない・なかれ・ブ・ム)              母(はは・ボ・ム)              ↓              海(うみ・あま・カイ)              梅(うめ・バイ・メ)              珻(バイ)              悔(くいる・くやむ・カイ・ケ)              痗(バイ)              苺(いちご・バイ・マイ)              誨(おしえる・カイ・ケ)              莓(いちご・バイ・マイ)    「逯安說、亡・人、匄を爲す」    「匄(勹亡)」=亡+人の会意            逃亡する意味            人が物を失う・持っていない            刀に従い亡声の形声(六書疏証)           「勹+亡」の会意で、            どちらも「人骨」を表す(白川静)           「金文」で「气・乞」と同じように使われ           「金文」では「害」と通じる・・・ ーー  「葛=艸(サ・廾)+勹+ヒ」の類字は    「曷=日+勹+乚+人=日+匃(カイ)      =(なんぞ・いずくんぞ・カツ・ガチ)」       「匃=カツ・カチ・カイ・こう・あたえる         勹+人+乙(L)」       「匂=勹+ヒ(七・匕・牝)」        ↓       「渇=氵(水)+日+匂         =(かわく・カツ)」       「褐=衤(衣)+日+匂         =(めのこ・カツ・ガチ)」       「遏=辶(辵)+日+匂         =(とめる・とどめる・アツ・アチ)」          辵=彡+ト+人           =(こえる・しんゆう・しんにょう             チャク  渇望・・・枯渇・渇水  咽喉(のど・インコウ)が渇いたときに水を欲する状態  心から望むこと  切望・熱望  渇+望=渇きで望む・・・渇きで「水」を望む  渇望の類語  強い願望  渇欲・渇求 ーー  ・・・生きていくって・・・  ・・・渇望・・・切望・・・願望・・・希望・・・  「絶望」と考えているのは「未だ生きている人間」である・・・「絶命」ではない「人間」だからな・・・  「ネコと多摩川河川敷、土手のホームレス」・・・  小西修の動物ドキュメンタリ  多摩川河川敷の猫  私の周りの動物達·多摩川河川敷の猫  ロンタとハナカブ  マリアと名もない仔猫たち  ポッポとサツキ  猫とホームレス  トラジロウの足跡・チロの足跡  オヤビンの足跡・トラの足跡  ミーヤの足跡  足跡 https://www.google.co.jp/images?hl=ja&rlz=1T4ADFA_jaJP411JP413&q=%E3%83%8D%E3%82%B3%E3%81%A8%E5%A4%9A%E6%91%A9%E5%B7%9D%E5%9C%9F%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%82%B9&sa=X&oi=image_result_group&ei=tsonU8zRJMb2lAXkooDQDg&ved=0CDEQsAQ

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