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世の中「悪徳弁護士」が多いョなッ・・・弁護の基順(基準・規準・規純)・・・弁吾の帰順・・・私有・私権?

2021/10/04・月曜日・・・追加添文・・・

「竜巻注意報」・・・

 昨夜は豪雨と雷・・・今朝は晴れていたので洗濯し、外に干し、しばらく本を読んでいた・・・10数年も前に名古屋の大須観音前の古本屋で2、3百円で買った「天保騒動記・青木美智雄著・昭和54年(西暦1979年)2月25日・三省堂発行」の再読・・・その間、雨がふりだしたのにも気がつかず・・・「秋の空」でもない「夏の空」なのに・・・「一二二段・夏は世にしらずあつき」・・・濡れた洗濯物を取り込んで5分もしないうちに晴れ間・・・「平成騒動期」も末期に近いが・・・  「天保騒動記」を再読しながら、「日本の空洞化現象の本質」が記されているように思える・・・日本国内の農村の空洞化は人口減、そして日本産業の産業都市の空洞化は資本の国外投資・・・人も資本も「カネの産む方へ流れる」のは当然である。今や世界規模で余った「資本」も「労働力」も「儲け」を追って動き回っているが、その「資本も労働力」もイズレは「現地」と利害対立するのは当然である・・・それに、江戸時代は「村」と「町」の「概念」が「人口」の多寡だけではなく、「村=農業地=百姓」、「町=商工業地=商工人」と区別され、その行政方法も明確に「区別」されていた・・・  「世事見聞録」・・・以下はスベテ、ブログ記事からの部分抜粋し、少々改作して添付したもの・・・ ーー  「世事見聞録(せじけんぶんろく)」  江戸後期の記録  七巻  著者は「武陽隠士」  本名・経歴不明  武蔵南部に隠棲した旗本クラスの武士、  御三家または親藩に仕えた浪人、  吉原付近に住み,公事師を業としていた者  ではないかという説・・・があるらしい・・・  成立は  文化十三年(1816年)ころ  内容は、意味字句、文字どおり・・・  「世事見聞」の随筆記録  武士・百姓・町人・被差別民  寺社・医業・陰陽道・盲人・公事訴訟・遊里・芝居  など・・・  ・・・高利貸も・・・  「世事見聞録」における  武士感覚や  儒教倫理には  元本が利息を生む  貨幣経済の「高利貸し資本(家)」は嫌悪された ーー  「世事見聞録」は  「武陽隠士」が  文化13年(1816年)に  江戸時代の社会風俗の実情を、  怒りをこめて書き上げた・・・?  将軍は  徳川十一代  家斉  「寛政の改革」を断行した  松平定信は、4年前に老中を辞任 ーー  この本「世事見聞録」は、  青蛙房(せいあぼう)が  昭和41年(1966年)に新装版として出版  3500円也・・・当時の本の価格・・・当時、ボクがプラスチック加工工場でしていたアルバイトの「時給が87円也」・・・道理に構はず、「損益利欲の事のみ」・・・の価格・・・ダレが買えたんだか・・・ ーー  「世事見聞録」  ・・・邪悪の智恵深きゆゑに、己が欲情を二重にも三重にも隠して工み謀りし事ども多く、善悪正邪正急に見分け難く、吟味逸々(いちいち)に手間取るなり・・・  ・・・御当地は武士を相手取りて訴訟すること容易に出来る故、少しのことも大騒に申立て出づる事なり・・・  ・・・双方五分づつの失なる時は、先づ武士が負け、町人が勝つなり。勿論武士は十の内九ツまで利屈宜しくとも、後の一ツに利欲の筋あれば、その一ツにして負くる事なり。依つて少しばかりの利欲拘りたる事にて、従来の大恩を請けし武士を、町人が取つて落す事あり。武士は兼ねて恩をあたへ置きしとても、その恩を余りて過失の供入りにもならずして、負けて仕廻ふなり・・・  ・・・江戸・京・大坂そのほか繁花の地の町人遊人等は、居ながら公事出入りを致し、いさゝかの事をも奉行所へ持ち出して埒を明くるなり。殊に手代など遣ふ程の身上なるものは、己れは病気と称して手代を出し、又は公事師(くじし)などいへるものを雇ひて名代(みょうだい)を出し、公事の懸引を打ち任せ置き、己れ病気と奉行所を偽りながら、その日一日家内に慎み居るにもあらず、私用または遊興の事に他出いたし、公儀を恐るゝ気色少しもなし。  また公事師などといへるものは、  奉行所の  懸引き功者にて、この事を申し立つればこれに響き、彼れを押す時はこれに落著するなど、  上を謀り相手を犯し、  吟味役人に怖ぢ恐るゝ真似方の気にて、  さも実明に見せ、その容体よくよく役人の気に入り、  進退押し引きその図に当り、  方便虚偽をはかるなれど、  通して遺し置く程の事になりて、  終には白きを黒きといひ紛らして  勝をとる事にするなり。  また関東の国々、別けて江戸近辺の百姓、公事に出ることを心安く覚え、また常に江戸に馴れ居て  奉行所をも恐れず、  役人をも見透し、  殊になにかの  序に兎角  江戸へ出たがる曲ありて、  やゝともすれば出入りを拵(こしら)へ、  即時に江戸へ持ち出し、  また道理の前後も落著の詰りもよくよく弁へて、  心強く構へたるものなれども、  遠国の百姓は中々左様のことにあらず・・・ ーー↓  公事師(くじし)  江戸時代に存在した訴訟の代行を業とした者  出入師(でいりし)   公事買(くじかい)などとも呼ばれる。  明治期に  代言人制度を経て日本における  弁護士制度の源流となった  現在の  「事件師」にあたるもの・・・? ーー↓  事件屋(じけんや)とは弁護士の資格をもたずに、他人の揉め事や争い事に介入し、金銭的利益を挙げることを生業とする裏稼業の俗称である。  広義における事件屋とは、  倒産整理屋や  サルベージ屋なども含む。  狭義の意味では、  単に交通事故などにおける  示談屋を生業にする者を指す。  問題を解決するにあたって手段は合法、非合法を問わない。  また隙があれば依頼人も標的にする。 ーー↓  江戸時代、「出入師・公事買」などとも呼ばれた  非合法の訴訟代理業者。  訴訟当事者の依頼を受けて  訴訟技術を教示し、  書面の代書を行い、  内済(ないさい)=和解の斡旋」をするほか、  当事者の親族、奉公人、町村人あるいは  町村役人などを偽称して出廷し、  訴訟行為の代理ないし補佐を行って礼金を得、  また古い借金証文や売掛帳面などを買い取り、  相手方が訴訟による失費や手間をいとい  内済すると見通して出訴するなど、  裁判・訴訟に関する知識や技術を  利用したさまざまな行為を稼業とした。  江戸時代、  民事訴訟の代行を業とした者。代言人。  奉行所公認の代書業として  公事宿がある。  その職務はおおむね、訴訟技術の伝授、代筆にとどまったが、実際には公認の有無の差しかなかったとも言われ、公事宿の主人・下代が公事師まがいの行為をしていることはもちろんあった。  「公事三年」という諺があるほど裁判には時間がかかる。その為地方から出てきた訴訟人が年単位で公事宿に滞在することも珍しくはないという。  また裁判を長引かせ宿に滞在させたり、依頼者に多額の礼金を要求したり、証文を捏造するなど、こうした悪徳な公事宿は数多く存在していた・・・らしい・・・「悪徳弁護士」が多いョなッ・・・  「腐敗、堕落」、そして「詐欺(詐偽)と強盗」は「カネ社会文明文化」の「仇花」・・・「絢爛豪奢」はダレのモノの「文化」か・・・  イャ~ァッ、山の裾野までの黄金色の稲穂・・・見事に波打っているけれど、個人農家の機械化による大規模農業・・・「人民公社」、「ソホーズ・コルホーズ」の「失敗」の原因は・・・「強制」と「収奪」・・・「プチブル国家」はナニを目指すべきか・・・ ーーーーー  枕草子  (一二二段)・・・百二十二段・壱佰弐拾弐段・壱弐弐段・陌念弐段           1+2+2=5=五=伍           1×2×2=4=四=肆  夏は・・・・なつは・名通葉・納津波        カは・化葉・掛葉・加葉・歌葉        ゲは・解葉・外葉・気葉・下葉・毛葉  世に・・・・よに・与爾・代爾・余爾・預爾・誉爾        ヨに・「夜・輿・與・四・予・豫」爾  しらず・・・視等事・示等・白州・白洲・白砂・白子・新羅事  あつき。・・亜通記・亜通紀・厚保記・厚木・厚着 ーーーーー  ・・・「公事師(クジシ)」は「公事詞・公事史」で、「句字師」だろう・・・「故事師」はどうか・・・

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