木箱の「ミカン箱」・記葉故の未完は橘=木+矛+冏(囧)
2022/12/28・水曜日・・・追加添文・・・
年末~正月前後は「ミカンの香り」である・・・
子供のころの工作材料、木箱の「ミカン箱」が懐かしい・・・
・・・本日はお袋の誕生日・・・この歳で未だマザコン・・・
木箱の「ミカン箱」・記葉故の未完は橘=木+矛+冏(囧)=たちばな=立花
橘=十+八+マ+了+ノ+儿+口+冂
・・・ピンクの薔薇が満開、キュウリは2本目の収穫、ミニトマトは3個、マーッガレットと牡丹は終わった・・・オニ百合と浮気文化はこれからだが・・・実務官僚がイイ都知事選・・・借りている無料の「HP」、理由は判らんが接続不能・・・借りてる有料サーバーの許容量の範囲だけ、upして移転させるか、とも思ったが、意外と膨大で煩雑。しかも、自分のコンピュータのどの部分のメモリーから選択アップしたのかも忘れて・・・「目次」と「干支暦」、「干支関係表」、「個人命式作成プログラム(~kiriya/の挿入が必要)」をアップし、その他の内容の本分は止めた。兎に角、ベットに入ったのは朝方の5時過ぎ・・・タダよりタカイものはナイ・・・それに「google」はボクの旧式のコンピュータをホローしないッてか・・・「国家」も人命は保障しないが、大陸と半島の御用マスコミは騒いでいるらしい・・・喧嘩と挑発を吹っ掛けてきているのはダレなんだか・・・日本のマスコミも「テルアビブ」なんかはボウキャクし、異国での「日本国籍人」の殺害を声高に報道していた・・・「人種・民族・国籍・思想」に関係なく「個々のニンゲン」として、結果として「他人を殺害」する奴等はワンサカいるだろう。「一人の日本国籍人の犯罪」は「スベテの日本国籍人の犯罪」であるわけがないし、逆に一人の他国国籍人や、異人種の犯罪で、それらに属する人びとを十把一絡げに「すべて犯罪者」と云うわけにはいかない・・・だが、いつのまにやら「鬼畜米英」・・・彼らの若者たちは、アメリカでの「ニューディール政策(New Deal)」で果たせなかった実験を日本へ進駐軍として派遣され、その「政策秩序」としての法文を考え、助言し、組織の構築にも尽力してくれた・・・民主主義、言論の自由、男女平等、労働組合など・・・当時のアメリカ合衆国の現実国家秩序を超えていたモノが「日本の法」になったのである・・・現在の大陸中国、半島、台湾、そして東南アジア諸国は日本にやってきて、戦後ニホンのそれらから自国建設の参考にしてきた・・・確かに、1970年代の「日本」はボクがコノ目で観たアメリカ、ヨーロッパ、東欧諸外国よりは遥かに「プチブル民主主義国家の最先端」で、科学的合理主義的な国だった。 戦時中、たしかに、明治時代から反戦、人道を訴える人びとがいたのも事実である。だが、国家間戦争の「渦(うづ)」に呑みこまれてしまったか、沈黙して家の中に閉じこもってしまうか、獄中に暴力的に拉致され、監禁されてしまった・・・ 「国家間」戦争の「殺人犯罪」は、個々の「国家」に属したスベテの「国籍人としての犯罪」である・・・だが戦争を仕掛けられたらドウする・・・帝国日本は明らかに「主体的な侵略戦争」だったが、勝っても負けても、結果は「領土」と「利権」の増減であったが、ダレのタメのモノであったのか・・・大陸中国の南沙諸島、ロシアのウクライナ、クリミア、そして、ISS・・・一般の諸国民は戦争を欲してはいないが、諸国家のドンは国家意思のエゴを代弁し、戦争を煽る・・・思想信条、大義名分には関係ない。あるのは、国内支配権力維持の利害のみである・・・敗戦国家は戦争賠償を請求されるのは常識であった・・・捕虜の「身代金」を要求するのは市民社会での「誘拐犯」と同等である・・・ 「国家に騙された」とは「国家のダレに騙された」のか、「ダマサレタ」と云うことで免罪されはしないだろう・・・だが、戦後日本では「ダマシタ人間と、彼らに迎合した人間」が往来を闊歩し、「煽られ、暴力の中で強要され、ダマサレタ」と云っていた人間が処刑され、獄中に監禁された・・・敗戦日本だけではない。「暴力=実力行使」そのものと云うよりは、相互の「暴力秩序の中=服従意識の中」で、銃を手にし、敵軍と、敵の居住民を殺害したてきたし、してきているのである・・・敵前逃亡はどんな国家でも許さない鉄則である・・・捕虜になっては生殺与奪は相手次第である・・・ そして、ダマされたと云っていたニホンコクセキ人間はコトバの質問、訊問、応答にも、あまりにも「正直者」であった・・・敵の捕虜となっても「正直にゲロ」を吐いた・・・例外は職業軍人の士官か、諜報軍属機関のスパイ・・・中野学校か、商売駆け引きの出来る「アキンド」である・・・ 「正直モノ日本人」は、敵国の「階級秩序にも忠実」であった・・・「国家」を裏切ったワケではない・・・ そして、戦後「日本国憲法」にも「階級秩序崩壊」の中で「忠実?」であろうとした。「自由(?)」と「民主主義(?)」は闇屋の中にあった・・・だが、今や戦後の「混乱・ドサクサ」を記憶して、教えてくれるヒトは80~90の御老人ばかりで人口も僅か・・・60~70のゴロウジンはその子供達で、「金のタマゴ」で、「企業戦士」だったが・・・今現在の働き盛りの壮年、中年、青年は、その孫たちと、ヒイマゴ・・・初めての国家間戦争での敗北と「階級秩序の崩壊」、そして「ドサクサの秩序」は「日本国憲法」が保障した?・・・有っても、無くても・・・「ドサクサの秩序」は在った・・・この「秩序」を食糧に於いても、仕事に於いても、娯楽に於いても、それらの縄張りを仕切っていたのは「ヤクザの親分達」である・・・ だが、「日本国憲法」は学校での「知識の吸収」を保障し、教育行政も「民主主義」を謳った・・・そして、言論と思考の自由も法文として記録し、保障した・・・ だからこそ、戦後の「日本国籍人」は、国家ではなく、民族ではなく、ましてや人種でもなく、「人間個々人」としての「反省の余裕」を有してきたのだ。 「だまされた人間、ダマサレル人間」の「責任」として「反省」してきた・・・ダマす人間と同じ立場にタツまい、って・・・ だが、ダマス人間は「人間の社会的根性を基盤にしている」のだが、ダマサレたフリをする人間もワンサカである・・・ 「ダマス人間」をどうすればイイのか?・・・その「騙し、ダマされる根元」とはナニか?・・・どうやら、双方、「人間の社会的根性」、「メサキの人参」で動かざるを得ないからしい・・・ いずれ、子供はオトナになる・・・その時も、今現在も「イノチ」と「セイカツ」がカカッテいるオトナになる・・・ だが、戦後には都会には「浮浪児(フロウジ)=戦災孤児」がワンサカいた・・・あれって、「子供の国」の現実だった・・・喰い物を盗まなくちゃ生きられない。だが、捕まったが最後、オトナにシタタカ袋叩き・・・ 現在的に「子供の時間」、「子供の国」も、絵本や童話がアキれば、指先と視覚と聴覚の「戦闘ゲーム」、「格闘ゲーム」・・・そして、イジメ、引きこもり・・・自分の子を虐待、道ずれ心中・・・これらは「DV(domestic violence)」でのトバッチリだから「夫婦間だけのviolence」ではないだろう・・・ 衝撃で笑劇的なのは「楳図かずお(本名は楳図一雄・1936年9月3日~)」の「漂流教室」に登場する「高松翔」君のお母さん・・・外で働いていては子供達も援けるコトができないダロウ・・・それ以前に、お母さんは「おろち・蛇姫さま」になっている・・・ で、「漂流教室」のプロセスは原始時代からの「人間社会の宿命」・・・なの、ッ・・・ ・・・アレッ、もう、零時を過ぎて55分、12日ですか・・・寝なくちゃぁ・・・ 元々書き込んだモノは精神分裂症ぎみではあるが、分裂症そのものではあるかな・・・
・・・「危険考」・・・タバコが切れてはどうしょうもないが、以前、訪ねてきた近所の中学生だった「Mちゃん」にタバコのパッケージに記録されている健康被害の警告文を読み上げられたコトがあるが・・・「毒なのに、オジちゃん、どうして喫(吸・す)うの?」だった・・・健康に「危険」だョなッ・・・「危=厃+㔾(卩・ふしづくり・わりふ・セツ・セチ・木の節の部分)」であり、「厄(厄介)」、「氾(氾濫)」、「犯(犯人)」、「卮=巵(シ)=酒の器・杯」も、中身は「㔾=卩」で、漢字辞典では「已(既に・~のみ・~だけ)・己(おのれ・よこしま・つちのと・キ)・巳(へび・ミ)・巴」ではないようである・・・ だが、「卮」は「巵」の新字体とあった。ならば「巵」は旧字体である。よって、「㔾=巴」であり、「卩」ではないが、「卩=ふしづくり」で「木の節の部分」であるからこの「節(ふし)」はまさに「渦巻き紋様」である。「卩=㔾=巴」は盛りあがった渦巻き文様の形状でイコール(equal)である・・・ 「巴蜀 (ハショク) 」は水が渦巻いた模様。巴は「邑(阝)・色・岊・皅・把(把握)・色(七色)」の部分でもある・・・ そして、「氾(ひろがる・水があふれ広がる・ハン・あまねく広がる・氾濫=洪水」は「うねり上がって流れる水」である・・・ハンランは「叛乱、反乱」で、デモ(demo)を逸脱する法的な秩序、治安を乱す暴動は「犯罪」ではあるカナ・・・ 台風の渦も、竜巻の渦も「危険」この上もナイ・・・ 「已(やむ・すでに・のみ・やめる・イ」だが、「生滅=滅已(メッイ)」で、「已往・已然形」、「以」で、「ある時・所を起点としてそれより~で、「已下(イカ)=以下・已降(イコウ)=以降・已来(イライ)=以来」として使用される漢字である・・・ 「己(おのれ・つちのと・キ)」は問題であるが「よこしま=ム=私」である・・・ いずれも、「蜷局(とぐろ)をマク(捲く・巻く)」で、それらは図形的な文様として共通項でマトメルことが出来るが、「蛇が巻く蜷局(とぐろ)」は戦闘態勢でもあり、尻尾を巻いて逃げるとはチョッと異なるカモ・・・巻き物であったハズの「古事記・日本書紀」はドウか・・・「天武天皇=大海人皇子」は「羽根の生えた虎」であったが・・・ 「蝗(イナゴ) 螽(いなご) 稲子(いなご) 飛蝗(バッタ)=Caelifera 螇蚸 蝗虫 Grasshopper hopper=跳ぶ人、モノ 跳躍者・舞踏者 あちこちと短い旅行をする人 同じような場所を次々に移動する人 bar-hopper=酒場から酒場へハシゴ人 bed-hopper=相手を次々に変える浮気者 砂利、セメントなどを 下方へ落とす漏斗(じょうご)形の装置 の ムシの 翅(はね)」 だったカモ・・・ボク的なハナシの文章を跳(飛)ばす奴だったかも・・・ で、忍者の巻き物はドウか、腰巻はドウか・・・竹輪のナルト巻きはドウカか、海苔(のり)巻きの鮨はドウか・・・ そして、虎の巻はドウか・・・「六韜三略」・・・ ・・・「考えるアシ(芦・葦・葭・蘆→足・肢・脚・疋・趺・尼子・蛙詞・悪し)」って、「生きる(喰う)タメに存在」しながら、「時間的な枠内で活き(動き回り)・そして「終わる」と云うコトを「パンセー Pensee(思索・思惟・考察・思考)するコト」らしい・・・「風(カゼ・几+ノ+中+ム)」に靡(なび)くって・・・? なるほど、タバコを「嗜好」しながらケムリを靡(なび)かせ、そして煙に噎(む)せ、咳き込んで、シナヤカに床に倒れて終わるってコトなんだ・・・シナヤかでなくても、床でなくてもイイけれどね・・・コロされるよりはアリガタイ・・・ 庭で草を毟りながら、草の合間に蟻さんやゾウリムシさんが蠢いている・・・彼らには雑草は共棲する場所なのに・・・草を毟るって、雑草や虫々と共棲できないと思っているボクのエゴだな・・・でも、モモちゃんに寄生する蚤(のみ)や、蜱(だに・蜹・蟎)には困っちゃうな・・・それでもニャンコは共棲でイイって思っているカモ・・・活きているってコトは、何時、何処にいても「危険」がワンサカだと思うョなッ・・・「アシ」だって、人間に切り取られて「カミ」にされてしまうなんて、サッ・・・ で、生きている間は危険(地獄)は娯楽(天国)と表裏一体で、痛みと快楽は身体のツボを指圧するのとオンナジで、人生である・・・数学的には「F(x)=y」の函数グラフか・・・ ーーーーー で、お借りして居る「無料のHP」は修復メンテナンスが長引きそうである・・・それで、もし、「邪馬台国」の「地図」に興味があるならば、以下のサイトを覗いて下さい・・・「ダイ形のキカ臥句」・・・ ーーーーー ボクのお借りして居る「無料のHP」が接続不能なため、取り敢えず新たな、以下のアドレスに急きょ移転したが・・・ ↓↑ 現存・古事記・漢字源の世界(1)・再三考 http://www.ac.auone-net.jp/~kiriya/sub3.html# モウ君の総合目次 http://www.ac.auone-net.jp/~kiriya/kkmokuji.htm 目次の内容本文が見れるのは 現在的に 現存・古事記・漢字源の世界(1)・再三考 個人メイシキ作成(星の説明文は添付していない」) 支関係表 ボクの動画・YouTube と 干支暦 六十年月日時干支 干支歴 http://www.ac.auone-net.jp/~kiriya/index.html ーーーーー ・・・この「自由」とやらが妄想(パンセ)時間としてあることがアリガタイ・・・
↓↑ ↓↑
以上の場所の「無料HP」も存在しなくなった・・・
一方的な廃止はコチラが無料で借りているんだから文句の言いようがない・・・
ボクの我が儘で無料居候していた「主観的な自由」は
「大家さん次第」・・・
膨大に上げたボクの文字と絵はどうしたモノか・・・
無料のサーバーを探すか、有料のサーバーを探すしか手が無い・・・
それで、以下のところに部分的に移転させているが
未だに青いミカンである・・・
上の記事は2016年のモノだから
2023年の正月がくれば8年前のモノ・・・
1983年から「ワープロ」で書き込んだ一部は以下の頁(page)・・・
ーーーーー ・・・???・・・ ↓↑ ↓↑ 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)
・・・「オランダ・ハーグの仲裁裁判所」の判決・・・現在の大陸中国政府はかっての「日本帝国の満州事変」を大陸中国政府自身の問題として反省すべきだな。かっての帝国日本は「満州事変」で「国際連盟を脱退」、そして「日中戦争」、「太平洋戦争」、結果は敗北だった・・・時代遅れの「大漢民族主義国家」の「帝国主義的覇権」・・・どうやら「古代王朝」気分の政府指導者の脳ミソで、毛頭、他山の石とするつもりはないらしい・・・奴らの脳ミソは「社会的根性(金銭欲・権力欲)」としてコビリついている「個的人間のエゴ」である。このエゴを集約したモノが「国家意思(服従関係・権力秩序)」である。個的エゴの拡大と強制、その行使(暴力)である・・・それは個々人が日常で、暗黙に是としているモノだ・・・権力を担う人間は、時たま相手と妥協もするが、強弱の均衡は意志の弱さを見せたモノが崩れる・・・ 「社会的根性」とは、詰まる所、「無自覚、無反省な青年が荒野をメザしたナレの果て」の土壌である。その土壌とは「富(カネ)増殖と、立身(権力)増殖」志向の日常意識である・・・そして、階級社会の枠内での保障のない「自由な選択」である・・・ 社会的立身出世、そして、社会的資産長者を目指す・・・人びとの集約されたエゴな脳ミソを媒介にして結果的に荒廃と破壊をメザスのだ・・・社会的な人間同士の生活で共棲、共存、協調は「階級的に疎外」されるし、してきている・・・ なんせ、「集金兵」が階級国家の機能で、国家意思はエゴの極みである・・・その土壌で育った「人間の仕業」が「荒野メザス」のである・・・英雄になれるか、どうかは「運次第」・・・そのプロセスで「国民利益」の幻想を振り撒き、吹聴してきた「国家権力=国家意思=国家エゴ」の立場を国際的に放棄することは自滅を意味するから・・・ 「ヒト(国民)」とはダレなんだかは、「平家(紅旗)であらずばヒトにあらず」が、「集金兵」の脳ミソとその思想的な立場である・・・相互の「粛正」が政治目的だから・・・ これは決して「大陸一般中国人の意識」ではないのはアタリマエだが、大陸中国国内で諸外国の国際TV情報が切断されては・・・ 大陸中国領土内のフイリピン大使館、領事館を中国人暴徒を警戒して中国国家警察、治安部隊が警護だってか・・・尖閣列島問題が「中国国家の日当で操られた暴徒」であったコトは一般「中流中国人」には今やアタリマエである・・・で、「日当暴動デモ」を有り難く「労働」したのはダレだったんだか・・・ホトンドがその日の「日雇い民工」か、「ルンペンプロリアート(失業者)」である・・・日当給金は生活の糧である・・・彼らはギリギリまで「人参」で動く・・・その日暮らしでも、喰って生きなくちゃ・・・だが「ユメ」は視るコトが出来ても、喰えない・・・ 「中流中国人」、彼らはプチブル意識の生活者である。上昇チャンスもあれば、奈落に落ちる恐怖もある。だが、エンゲル係数で生活に余裕があれば、イイモノは「国家」、「民族」を超えて「爆買い」するし、アニメも見るし、日本旅行にも、デズニーランドにも行くのだ・・・だが賃金の函数F(x)=yグラフの安定曲線を常に敏感に感じている階層でもあり、そして「法治の意味」も、道徳、倫理も、国際関係も知識として判断出来る階層である・・・「市民(プチブル意識の)秩序」として・・・「一般中流市民(?)は安定、安全を目指す」、「危険に無自覚」で「危険に満ちた荒野は目指さない」・・・ 大陸中国で「カミクズだ」と云っている愚図はダレなんだか・・・2000年間、ダレが南支那海で活動してきたのか・・・確かに東支那海、日本海には「倭寇」の「中国人」も「高麗人」もいたらしい・・・活動と云えば「遣隋使・遣唐使」でもあったが、 「呂宋助左衛門(納屋助左衛門・永禄八年(1565年)?~没年不詳)」は、戦国時代、和泉国堺の貿易商人としてルソンに渡航していた。当時の日本人は彼だけじゃないだろう。 「山田長政(通称、仁左衛門・天正十八年(1590年)頃~寛永七年(1630年)」は、江戸時代前期にシャム(タイ)の日本人町を中心に東南アジアで活躍していた。 アンコールワットには日本人の名前も記されてあるらしい。「アンコールワット十字回廊に残された森本右近太夫の墨書(落書き)、他に も日本人による墨書が13箇所残されている」らしい・・・ 兎に角、「日本人町」は東南アジアに多数あり、居住人口も多い・・・当然、南支那海での航海、渡航は「日本人の活動」だろう・・・ で、「岩礁」は島ではないらしいから、日本政府も困った?・・・「南鳥島(マーカス島、マルカス島・Marcus Island)・標高9m・非排他的経済水域」・・・ で、大陸中国政府のイチャモン、批難もスゴイヤクザ以上である・・・「日本人が仲裁裁判所の国際判事4名を任命した」とかは開いた口をどうしたモノか・・・どうやら「科学的唯物論者」ではなく、「唯のタダモノ論者」を超えている・・・ 「7月12日、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、中国が南シナ海で主権が及ぶと主張している境界線「九段線」について、同海域内の資源に対する歴史的な権利を主張する法的 な根拠はないとの判断」、 「ブリュッセル時事・オランダ・ハーグの仲裁裁判所は12日、南シナ海問題をめぐる判決で、中国が南シナ海をほぼ囲むように設定する独自の境界線「九段線」について、域内の資源に「歴史的権利を主張する法的根拠はない」との判断を下した」、 「オランダ・ハーグの仲裁裁判所が、中国の南シナ海における主権の主張を否定する判決を出した」、 「南シナ海の領有権に関して、中国の独善的な言動の不当性を指弾する国際司法判断」、 「南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で中国が造成した人工島に対して、排他的経済水域(EEZ)は生じないとの判断も示した」、 「中国は、フィリピンが仲裁裁判を申し立てて以降、南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)で次々と人工島を造成、九段線は、中国と領有権を争っていないものの、インドネシアの排他的経済水域とも重なっており、この海域に入った中国の漁船が拿捕」・・・ ・・・「オランダ(阿蘭陀)」と「ジャガタラ(カラパ=咬拉吧(カラパー)・咬刺巴・交留吧・咬𠺕吧」・・・ ーーーーー ↓↑ じゃがたら お春(1625年?~1697年) 長崎に在住し、 後に バタヴィア(ジャカルタ)へと追放された イタリア人と日本人の混血女性 ジャカルタから日本へと宛てた 手紙 「じゃがたら文」・・・ ↓↑ 寛永二年(1625年) ポルトガル商船の航海士であった イタリア人 ニコラス・マリン と、 長崎の貿易商の子女 マリア(洗礼名・日本名不明) との間に生まれた 寛永十六年(1639年)六月 第五次鎖国令により、 同年十月 長崎に在住していた 紅毛人とその家族が バタヴィアへ追放 母・マリア 姉・お万 と共に14歳で離日 オランダ側の記録では、 お春は「ジェロニマ」 お万は「マダレナ」 とされている ↓↑ 同じ便で日本を離れた者の中には、 ↓↑ 慶長五年(1600年) ウィリアム・アダムス(三浦按針) らと共に日本に漂着した メルキオール・ファン・サントフォールト もいた ↓↑ 追放後 21歳のとき オランダ人との混血男性で、 平戸を追放されていた シモン・シモンセンと結婚 夫はオランダ東インド会社へ入り活躍 三男四女を儲け、 1697年4月に72歳で死去 ↓↑ じゃがたら文 追放後に ジャカルタから故郷の人々に宛てた ↓↑ 千はやふる、・・・・千早ぶる=荒ぶる 神代も きかず 龍田川 からくれなゐに=紅葉で 水くくるとは=ミズを絞り染め 在原業平朝臣 (十七番・古今集) 神無月とよ、 うらめしの嵐や、 まだ宵月の、 空も心もうちくもり、 時雨とともにふる里を、 出でし その日を かぎりとなし、 又、 ふみも見じ、・・・・・・フミ、モミジ・・・? あし原の、・・・・・・・蛙詞葉等之? 浦路はるかに、・・・・・有等字 へだゝれど、 かよふ心の おくれねば、 おもひやる やまとの道の はるけきも ゆめに まちかく こえぬ夜ぞなき ・・・略・・・ あら日本 恋しや、 ゆかしや、 見たや 。 じゃがたら はるより ↓↑ 「千はやふる、 神無月とよ・・・ ・・・ あら日本 恋しや、 ゆかしや、見たや、見たや」 ↓↑ と結ばれた手紙文 ↓↑ 正徳四年(1714年) 西川如見・・・・天文暦学家 名は忠英 号は求林斎 通称は次郎右衛門 鍛冶業で 鉄器販売の 忠益の子 家業を継いだが 20歳の頃 京都の儒者 南部艸寿 に朱子学 林吉佐衛門に 天文暦学を学ぶ 先儒の諸説や 西洋の説を 参酌して一家の見を立てた わが国最初の 世界地理の書物 「増補華夷通商考」 「日本水土考」 「四十二国人物図」 「天文義論」 など多数 長崎の地誌として知られる 「長崎夜話草(ながさきやわぐさ)」 は、 如見の談話をその子・・・・如く見る? 正休(忠次郎)が筆録・・・正しく休む? が著した 『長崎夜話草』第一巻によって紹介 ↓↑ 明治時代 貴族院議員 竹越与三郎が じゃがたら文を評し 「『じゃがたら姫』の『じゃがたら文』を読みて 泣かざるは人に非ずと申すべし」 と述べた 昭和十四年(1939年) じゃがたら文 を下敷きとして 歌謡曲「長崎物語」も作られた・・・
長崎物語(由利あけみ)昭和14年
↓↑
長崎物語 フランク永井
藤圭子♥長崎物語
長崎物語
↓↑ 蘭学者の 大槻玄沢は、 「疑うべきもなき 西川の 偽文」 と断じ、大槻の門弟であった 山村才助も 「人多くこれを偽作ならんかと疑うべし」 としている 「じゃがたら文」 と 後年 お春によって書かれたとされる手紙との 差異も著しく、 近年では偽作と結論・・・ ジャカルタ古文書館に お春の遺言書が保存 遺産の分配法などが示され 富裕層の証である 奴隷も所有していた・・・ ↓↑ ジャガタラ・・・インドネシア ↓↑ Republik Indo-nesia(印度尼西亜) ネシア(nesia・島々) 国章 ガルーダ=インド神話に登場する伝説上の鳥 鷹の図柄 翼の羽毛は左右に17枚ずつ 尾の羽毛は8枚 尾の着け根の羽毛は19枚 首の羽毛は45枚 独立宣言の 1945年8月17日の数字 ↓↑ 18世紀 オランダは マタラム王国の分割支配により ジャワ島、 19世紀 アチェ戦争により スマトラ島をほとんど支配 1799年 オランダ東インド会社が解散 1800年 ポルトガル領東ティモールを除く 東インド諸島のすべてが オランダ領東インドとなり、 現在のインドネシアの領域全体が オランダ本国政府の直接統治下に置かれた ↓↑ 1795年 オランダ(ネーデルラント連邦共和国)は フランス革命軍に占領、滅亡し インドネシアは バタヴィア共和国(1795年~1806年) ホラント王国(1806年~1810年) と政体を変遷 1811年~1815年 ネーデルラント連合王国建国まで 英国領であった ↓↑ 1819年 イギリスの トーマス・ラッフルズが シンガポールの地政学上の重要性に着目し、 ジョホール王国の内紛に乗じて シンガポールを イギリス東インド会社の勢力下に獲得し オランダが反発 1824年 イギリス・オランダ両国が英蘭協約を締結 オランダ領東インドの領域が確定 ↓↑ 20世紀初頭 ジャワ島では、 1908年5月20日 ブディ・ウトモ が結成 植民地政府と協調しつつ、 原住民の地位向上をはかる活動 5月20日は 「民族覚醒の日」 ↓↑ 1910年代 はイスラームを紐帯とする サレカット・イスラーム が 東インドで大規模な大衆動員に成功し、 1920年代 インドネシア共産党が 労働運動を通じて 植民地政府と対立 1927年 スカルノ による インドネシア国民党の結成 1928年の 「青年の誓い」 ↓↑ インドネシア国民党の運動 民族の独立(ムルデカ) 青年の誓い 唯一の祖国・インドネシア 唯一の民族・インドネシア民族 唯一の言語・インドネシア語 が宣言 1927年末~1928年 インドネシア共産党は反乱を起こし弾圧 スカルノ ハッタ が主導する民族主義運動も、 オランダ植民地政府によって非合法化 ↓↑ ジャカルタ(Jakarta) インドネシアの首都 古称はジャガタラ (Jacatra) ↓↑ 「ジャカルタ(加拉巴・雅加達)」 爪哇(ジャワ)の 「咬刺巴・交留吧・咬𠺕吧」 「ジャガタラ=カラパ=咬拉吧(カラパー)」 西部ジャワの地域名称が スンダだったので、 後世になって スンダカラパ⇒スンダクラパ という呼称が変化 ↓↑ スンダクラパ 1527年 東部ジャワ中部ジャワの イスラム都市国家連合軍に征服され ジャヤカルタ 名を変え オランダ東インド会社に征服され ジャカトラ バタヴィア と名を変遷 バタヴィアは 日本軍の占領によって ジャカルタ と変更 ↓↑ カラパ ジャワ 中心地が 中部・東部ジャワ インドネシアは多民族国家・・・ 1942年3月 蘭印の中枢である バタビア(ジャカルタ)を占領 ↓↑ 1945年8月15日 日本が連合国軍に降伏 スカルノら民族主義者は 同17日 ジャカルタの プガンサアン・ティムール通り56番地で 独立宣言 再植民地化に乗り出したオランダと独立戦争 スカルノやハッタら インドネシアの民族独立主義者に共感し、 軍籍を離脱した一部の 日本人3,000人(軍人と軍属)も 加わって最前列で戦い、 その結果、日本人 1,000人が戦死・・・ ↓↑ 1949年12月 オランダ-インドネシア円卓会議 (通称、ハーグ円卓会議) で、 インドネシアはオランダから無条件独立承認・・・ ↓↑ 1950年憲法で 権限を制約されていた スカルノ大統領は、 1959年7月5日 大統領布告によって 1950年憲法を停止 大統領に大きな権限を与えた 1945年憲法に復帰 「指導される民主主義」 体制発足 スカルノは、 国軍を牽制するために インドネシア共産党に接近 国軍と共産党の反目を利用し 国政における自身の主導権を維持 スカルノが喧伝した 「ナサコム(NASAKOM)」は、 「ナショナリズム(Nasionalisme)、 宗教(Agama)、 共産主義(Komunisme)」 が一致団結して国難に対処するスローガン 1961年12月 オランダ植民地のイリアンジャヤに 「西イリアン解放作戦」を決行して占領 1963年5月にインドネシアに併合 ↓↑ 1965年の9月30日 国軍と共産党の権力闘争 スカルノの 「指導される民主主義」 は終焉 スカルノから スハルトへの権力委譲 インドネシア共産党の崩壊 ↓↑ 「指導される (独裁者による)民主主義の推進」の スカルノはエラカッタ・・・ ↓↑ ・・・「您辛苦了!(ご苦労さま)」・・・ 「您=なんじ(汝) しかり(然り・爾) その(其の) のみ(已・爾) ジ・ニ」=you・・・アンタってダレ?・・・ 「您」は中国での 書(か)き言葉の 「丁寧(テイチョウ)語」・・・? ーーーーー ↓↑ 「您」=(単数2人称・你の敬称) あなた・あなた様・you 「ユウ」は日本人なんですか? ↓↑ 您 是 日本人(儿)マ? 您 是 日本人(儿)吧? 您 是 日本人(儿)呢? 您 是 日本人(儿)嗎? ↓↑ ーーーーー ・・・前回の「巴」のツヅキ・・・ ↓↑ 岊=山の湾曲 巴 爬(爬虫類) 耙・・・・まぐわ・耙(䎱)・耙(钯)・耙子 熊手 マグワで掻(か)き集める カキならす(掻き均す) 耙地=地面を均(なら)す まぐわ=熊手 釘耙鉄の歯のついたマグワ 靶(靶子) ・・・・ターゲット(靶) 弓や射撃の的(まと) たづなの人の把る處(轡首革) 把(把握) 笆=いばらだけ 棘(とげ)があり、物に絡みつく竹 荊(茨・棘)のかき(垣) イバラの垣根(かきね) 竹の垣根(かきね) 豝・・・・二歳の牝豚=「豝」 琶(琵琶湖) 肥(肥後・肥前・肥料・肥糧) 杷(枇杷) 紦(紹紦) ・・・・織りの技法・絹 緊=きつく縒り合わせる 強く締める 堅く引き締める 弛(たる)みがない 隙間がない・余裕がない 鈀・・・・戦車 兵車・鏃の一 いくさぐるま・ハ・ヘ 吧・・・・文末につく勧誘の助詞~しましょう 走吧=行きましょう 文末につく推量の助詞~でしょう 他知道吧=彼は知っているでしょう 皅・・・・ 芭(芭蕉) 葩=艹+皅(白巴)=ハ・ヘ 草の白い花・花 「葩」=白いさま 「皅=白+巴」 皅 「芭蕉」って・・・? ーーーーー ・・・「巴」は「邑(阝)・色・岊・皅・把(把握)・色(七色)」の部分・・・youの国(邑・ユウ)って・・・?・・・
ーーーーー ・・・???・・・ ↓↑ ↓↑ 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)
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