表裏の使い分け・・・雹理の文名・・・言い訳・弁明
2022/7/3・日曜日・・・追加添文・・・
プーチンの言い分け・・・
「民間施設を爆撃していない」
「民間人を殺傷していない」
「一分前のオレ(プーチン)はオレではない」・・・
「オレ(プーチン)がヤッタことじゃぁない」・・・
「詭弁」って・・・?
表裏の使い分け・・・
雹理の文名・・・雹=雨+包
雨+勹+己
理=王+里
言い譯(訳)・・譯=言+睪
亠+二+口+罒+幸
亠+二+口+罒+一+辛
亠+二+口+罒+一+立+十
亠+二+口+罒+一+亠+ハ+一+十
訳=言+尺
弁明・・・・・・弁=辯=辦=瓣=䛒=辨=辧
弁=ム+廾
明=日+月
弁護=ベンゴ=弁語・弁吾
↓↑
詭=言+危
言+厃+㔾
言+⺈+厂+㔾
キ
あざむく
あやしい
いつわる
そむく
だます
あやしむ
責める・そしる
たがう
異なる
↓↑
危=⺈+厂+㔾
危+α
佹=イ+危=キ・かさなる・つみかさなる・あやしい
奇異な・さからう・そむく
陒=阝+危=キ・やぶれる・壊れた土塀や垣根・壊れる・崩れる・険しい・危険
恑=忄+危=キ・変わっている・異なっている・相異・相違
卼=兀+危
一+儿+厃+㔾
一+儿+⺈+厂+㔾
ゼイ・もろい・弱い・脆弱・やわらかい肉・軽薄な
姽=女+危=キ・ギ・しとやか・しなやか・よい・うつくしい
尯=尢+危
尢=オウ・足や背中が曲がって不自由な人
峗=山+危=キ・ギ・三峗=甘粛省敦煌市の東南にある山・険しく切り立つ山
峞=山+危=
洈=氵+危=ギ・キ
㧪=扌+危=キ・ギ・やぶる・そこなう・すてる・かける(懸ける)
䣀=危+阝=キ・ギ=陒
垝=土+危=キ・やぶれる・くずれる・壊れた土塀や垣根=陒
脆=月+危=ゼイ・セイ・もろい。・こわれやすい・やわらかい肉・脆弱
軽々しい・軽薄な
㩻=危+支=キ・傾く・不安定なさま・やせ細ったさま
桅=木+危=ガイ・船の帆柱・帆柱
㫉=方+危=危険な方向?
硊=石+危=ギ・山に石や岩がごろごろして険しく危ういさま
祪=ネ+危=示+危=キ
蛫=虫+危=キ・甲殻類の名・蟹(かに)の類
䍯=羊+危=キ・危険な羊
跪=足+危=キ・ひざまずく・両ひざを地につける・ひざまずいて行う礼拝
足・かにの足
觤=角+危=危険な角
䤥=金+危=キ・ギ・危険なカネ
頠=危+頁=ガイ・ギ・丸い頭・熟練・習熟する
物静かなさま・おしとやかなさま
危険なページ
臲=臬+危
自+木+厃+㔾
自+木+⺈+厂+㔾
臬=ゲツ
弓のまと・射的・目当て
日時計の棒
日影をみて時刻を測るために立てた棒
法律・法則・のり・決まりごと
臲臲(ゲツゲツ)=動揺して不安定
臲卼(ゲツゴツ)=動揺して不安定
鮠=魚+危
ガイ
はえ・はや
なまずに似た魚の名
おいかわ・淡水魚の名
↓↑
詭(あざむ)く
詭(あや)しい
詭(いつわ)る
詭(そむ)く
↓↑
怪詭(カイキ)=よく分からないために怪しいと思う
いぶかしいこと
恢詭・恢恑(カイキ・キキ)
=他とは著しく異なっていること
非常に不思議なこと
詭計(キケイ)=人を騙すためのはかりごと
詭弁(キベン)=間違っていることを
正しいと言いくるめること
ごまかしの議論
詭激(キゲキ)
↓↑
陰謀詭計=秘密裏に人を裏切って貶める策略
詭計多端=多くの悪知恵で人を策略、計略すること
詭道険語(キドウケンゴ)
=人を困惑させるやり方
分かりづらい言葉
険語=理解し辛い言葉
譎詭不経(ケッキフケイ)
=大法螺で人を騙し、道理に背くこと
人を騙す道理に合わない言葉
譎詭ー不思議なこと
不経=非(不)合理
譎詭変幻(ケッキヘンゲン)
=様々な奇妙な様子に変化すること
譎詭=色々なものに変化すること
波詭雲譎(ハキウンケツ)
=魅了して夢中にすること
文章の作り方が自在で巧みなこと
詭=譎=いつわり・あやしい
波や雲のように自在に形を変えて
人の目を奪う
「波のごとく詭しく雲のごとく譎し」
兵は詭道(キドウ)
=戦争に勝つためには
正当な方法だけでなく
人を欺く方法も用いなければならない
詭道=邪道
↓↑
・・・薄っぺらい「紙、皮、布」状のモノは、その説明では「裏表のモノ」と云われる。ヒトの心は「裏」で、顔(面)の表情、見せる行動、行為は「表」で、「裏表のあるコトバを使う奴」とも云われる。コトバ自体にも「裏表がある」とも・・・「表裏一体」の「裏(うら・つつむ・まとう・リ)」の漢字、「褢妊」は「懐妊」で、「褢(カイ)=懐(ふところ・いだく・カイ)」で、「妊娠のコト」らしい。「懐胎」にも「双子の双胎、三つ子の品胎、四つ子は四胎」、そして「多胎」がある。生まれ来る「少子化対策」と、死に逝く「老人対策」は別次元の問題だろう。労働人口が減っても個々人の給料を上げて、「所得税金財源の分配(社会保障)」で「老人対策」をやればイイのに「年金支給額の財源(徴収人口)」に絡められてハナシがスリ替えられてる・・・「国家の社会保障」は全国民の最低限の衣食住を「一般財源」で保障してやればイイ。 「国家の借金=国債or軍事国債」をダレが考え出したんだか・・・「生命保険」も・・・ 「消費税」は「信長の楽市楽座の商人思想」からも大きくズレているが、「信長の戦争(武器、兵糧)の財源」はナンだったんだか・・・それにしても前回の「真田丸の調略、騙し、裏切り、殺害、暗殺」は、現代市民社会の「倫理、道徳の否定」を煽るモノだろう・・・毎日が殺傷事件のニュース・・・戦国時代の「幸村」も「裏表」を駆使しなければ生きてはいけないのは当然だが、彼の叔父が「お前は俺の様になるな」ですか、ムリだろう・・・TVを視た子供は真似するよ、虐(苛)め、暴力、殺傷・・・オギ子供評論屋の無区別性な脳ミソ回路のアイマイさ・・・「現代市民社会」の善悪、損得、表裏一体の「倫理・道徳」が、「国家国民」に拡大されると・・・「全体主義=民族主義」に染まって「人間の命」も薄っぺらい「赤紙」と交換されてしまうだろう・・・ 「褢」をブログで検索すると「褢=裏」と出てくる。漢字自体が異なるのに?である・・・「褢」=「亠(おと・トウ・ズ)+鬼(おに・キ)+𧘇=衣(ころも・きぬ・イ)」だろうが、「鬼」の下の漢字は「衣=ころも・きぬ・イ・エ」=「衤(ネ+´)」の「亠」の無い漢字である。詳しく分解すれば「ネ=示+´」でもアルのだが、造りの類字する漢字は、「以」か、「氏」=「ノ+丄+乂(弋)」か、「ノ+上+ト(乀′)」だが・・・ウイッキペデアには、「衰や裏」のような字では「亠」と「𧘇」を分離して「他の偏旁をその間に挟んでいる」とある・・・「衣」の「亠」と「𧘇」の説明自体は無い。「衣」は「′+不+レ」でもあるが・・・「𧘇=ノ+レ+ト(乀′)」は「氏」かも。片仮名の「レ・れ」だが、万葉仮名では「礼・列・例・烈・連」であるらしいが、「レの字形」に似るのは「礼=示+乚」の「乚(おつにょう・つりばり・イン)=乙」で、旧字は「禮=示+豊(豐)」であり、「乚」ではない。「レ・れ」と読む「礪・砺」の類字には「蠣=かき=牡蠣(牡蛎)」、氏名の「蠣崎(蛎崎)←元は武田姓で蝦夷領主」があるが、字形の「乚=乙」に類似するところはない・・・「礼」は「禮」の略字か、「草書体」の崩れが「楷書」に再構成された漢字かも・・・ 「乚=乙」が構成使用される漢字は「也・乱(亂)・乳」である・・・「爾(自)来也」を視て「亂=みだれる=紊」、「牛乳・乳牛」の「出(弟=乙=乚)」・・・ 衣の類字には「农=宀+𧘇」があり、「農・辳・䢉(ドウ、ノウ)=田畑を耕す・種を蒔き収穫する・勤勉な=农(宀+𧘇)=作物栽培で土地を耕す・動植物を肥育する こと」と同義である・・・ 「goo辞書」には、 「衣」=名のりは「そ・みそ」 上衣 (うわぎ)・胞衣 (えな)・御衣 (おんぞ・みぞ) 被衣 (かずき)・紙衣 (かみこ)・黒衣 (くろご) 衣魚 (しみ)・寝衣 (ねまき)・直衣 (のうし) 単衣 (ひとえ)・母衣 (ほろ)・浴衣 (ゆかた) とあった・・・「漢字辞典オンライン」には、 「地名」で 川衣(かわぎぬ)・比衣(ひえ)・羽衣(はごろも) 衣奈(えな)・衣山(きぬやま) ーーーーー 「衣」 「ウイッキペデア」では 「康熙字典214部首では145番目に置かれる (六画の二十八番目、 申集の六番目)」 「上部の字は肩幅、 下部の字は袖があり、 前襟を斜めに合わせた形に象」 ↓ 大陸中国のブログ辞典では 「褢」 康熙字典・說文解字・字典部首 原文 【唐韻】戸乖切 【韻會】乎乖切、音「懷」 【說文】「袖」也。一曰「藏」也 【玉篇】胷、「藏」物也、「抱」也。 在衣曰「褢」、在手曰「握」。又、與「懷」通 【前漢·外戚傳】「褢」誠秉忠、維義是從。又、猾「褢」、獸名 【山海經】穴居老「蟄」如人、而、「彘鬛」 【廣韻】一作 【類篇】或作 釋義=「衣袖」 說文解字=「褢、袖也」。懷著、內心存著某種意念。同「懷」 漢書、卷九十七、外戚傳下 孝成許皇后傳=「將、相大臣、褢誠秉忠、唯、義是從」 顏師古、注=「褢、古、懷字」 ーーーーー 寒冷地には・・・懐炉・・・化意賂・回路・海路・甲斐路・蝦夷路・・・Egypt(埃及・エジプト)のCairo(薤露・カイロ)・・・掛意賂・歌意賂・・・「ミスル・アル=カーヒラ=勝利の町」・・・「カイロ」はギリシャ語で「手」で、関係あるのさ、「櫂櫓(カイロ)」は手で握り漕ぐモノだし・・・「懐炉」もねッ・・・1923年(大正十二年)に「的場仁市」が発明したベンジン使用の「白金触媒式カイロ」発売、1953年(昭和二十八年)発売の「ナショナル黄金カイロ」・・・ 蝦夷の探検には携帯したカモ、「温石(オンじゃく)懐炉」、「石鍋(いしなべ)懐炉」、「灰式(カイシキ)懐炉」・・・
・・・昨日は屋根の雪下ろし、除雪、2階の灯油をタンクに給油で疲れてダゥン・・・「???」マークを日記に書き込んだだけで、サボリ・・・本日、2月28日は朝から天気、ツララの水滴が眩しい・・・午前中にオフロ、洗濯・・・今年は「置閏(チジュン)法」で閏(うるう・ジュン・ニン)年。明日の「29日」まで「2月」だったのを忘れていた・・・4年に1回の誕生日のヒトは長生きしてんだろうな・・・「太陰太陽暦=一年を354日、19年に7回、8年に3回などの割で適当な閏月を設ける」、「太陰暦=1年、約354日・適当な割合で1年を13か月・閏2月29日、閏4月」、「太陽年および朔望(サクボウ=月の満ち欠け)月の端数を調節するために挿入される1日、あるいは1月を閏日、閏月」、「純太陰(月)暦においては、大月30日、小月29日として、12か月1年とする暦では1年が354日となり、真の長さ(29.53059日×12=354.3671日)との差0.3671日は、ほぼ2.7年で1日に達するから、小月に1日を挿入して大月にする。太陰太陽暦法では、太陽年の端数と朔望月の端数の両方を調節して、2~3年に1か月を挿入しなければならない」・・・「潤(うるおう・しめる )」を「うるう・うるむ」とも読み「氵(サンズイ・みず)」を外した「閏」の漢字にした。 「潤=氵+門+壬」は水門によって貯水池に潤った水だろう・・・日本歴史ならば「水戸黄門(徳川光圀)」だが、「黄門」が「黄色の門」なら「西の門=白虎or麒麟」だが、宮殿・後宮の門の色(黄)から判断するならば「方位の乾(戌・北西)、艮(丑・北東)、巽(辰・南東)、坤(未・南西)」の「戊・己=土色→黄色」で、門がその後宮の角地にあったのか、どうなのかは微妙である。「黄門」は「中国皇帝に近侍して勅命を伝える職務」の「黄門侍郎=給事黄門侍郎」の略で、漢代では「宦官の職名=小黄門、中黄門」。「唐代の門下省次官」の「中納言」の名で、光圀の官職と職掌が似ているので「黄門」・・・「第2代-常陸(ひたち)水戸藩主、水戸光圀=水戸黄門。水戸藩初代藩主頼房の三子。常山人、梅里と号・諡号は義公・水戸北郊の西山荘(常陸太田市)に隠棲し、隠居後は西山隠」・・・「閏」の漢字・・・ 中納言・・・注(註)納言 黄門・・・・後門・閘門・後門・校門・肛門・・・口問 水戸・・・・ミズのト 北郊・・・・キタの郊 西山荘・・・ニシのサンソウ 常陸(ひたち)・・・日立・肥立・火性質・干性質 比経知・扉性質 太田市(おおたし)・・・太(多史)→太安萬侶 隠居後・・・・・・・・・允許→木戸孝允・・・韻拠・殷墟 西山隠・・・・・・・・・似史、爾史の纂引 である・・・コレラの漢字の示唆、暗示と、その推理の条件は揃っているが・・・? 「閏」の異体字は「閠・𨳝・𥹿・䦞」であるらしい・・・ 「閏=余り・余分な→有留得(卯・兎・鵜・鸕・鄔・鶖・鰞・烏・鴎・胡・迂・雨=ウ・あめ・あま=天)?」・・・「售得(うるう・売る-ウ)=隹+口+得」、「詅得(うるう・売る-ウ・てらう=衒-ウ= 詅-ウ)=言+令+得」か?・・・「閏」は「氵(さんずい・みず)」を省いた「門の壬」である・・・五行からは「北(壬・玄武=蛇亀)の門」だろう・・・「北門之歎」は「仕官した先の主人が愚かな人物で、重要な地位につくことができずに嘆くこと・「北門」は『詩経」の詩の編名=中国の東晋の李充が家計のために、地位の低い地方官になったときに言ったとされる言葉から「北門之歎」とも・・・台北府城の北向きの門=「承恩門=天子の恵みを授かる」という意味から・・・「萩城三の丸の毛利屋敷跡の和魂才の宿・山口県萩市北門屋敷」・・・ 北枕 北向く 大相撲の隠語で、変わり者、すね者 高松城の鎮守神である 華下天満宮(はなしたてんまんぐう)は改築にあたり 社殿が通常の向きと違う北向きに建てられて、 別名「北向き天神」と呼ばれている この呼び名を 「北向き変人」とシャレ言葉にした ↓ 北門ではなく、西門は 「嘆きの壁(西の城壁の門?)」で単語自体は アラビア語「el-Mabka(涙の場所)」の直訳らしい ヘブライ語の音で 水は「マイム」・・・・「mayim(マイム)=水」 歌詞『Mayim mayim be-sasson』は 旧約聖書(ヘブライ語)の借用で、 直訳は「乾燥の地で見つけた 喜びの水」 MIME(マイム)=身ぶり・手ぶり・ものまね 無言劇 語源は ギリシア語「ミモス(mīmos)」 ラテン語「ミムス(mimus)」 演劇、古代の軽業、声色、寸劇 など・・・ 北は「ツァフォン」 東は「ミズラフ」・・・北ではなく、 「ひんがし・あづまはや」 「みずら-ふ」→「角髪(あげまき)-フ」 「髪型のお下げ」の附? 籠(カゴ)は「サル」・・・「猿女=宇受女」、「猿田彦」? 空間は「ハラル」・・・・・「原留」→葉等留? 朝は「ボケル」・・・・・・ボケ? 一日は「ヨム」・・・・・・読む→余務→夜務? らしい・・・ ↓ 「壬(みずのえ・ジン・ニン・九番目の十干 人名→あきら・つぐ・み・みず・よし 章 注ぐ 視 瑞 葦・与詞・由 「任那(みまな)日本府」 「壬生 (みぶ)」 壬生・・・日本の氏族名 壬生家=公家・壬生姓 日本の地名 壬生(みぶ) 日本の地名 栃木県下都賀郡壬生町 壬生城 壬生藩 壬生寺 壬生通り 京都府京都市壬生 壬生川通 壬生浪士 壬生寺 広島県山県郡北広島町壬生 壬生城 (安芸国) 壬生の花田植 「壬」 ↓ 「妊と通じ孕む」、 「北方に位する・陰極まりて陽生ず 故に易に曰く『龍、野に戰ふ』と 戰は接するなり 人の褢妊の形に象る 亥、壬を承くるに子(水=壬・癸)を以ってするは、 生の敘(述べる・ジョ)なり(?)説文解字・巻十四」 ・・・「敘(述べる・ジョ)」は 「1946年の官報で使用印刷の活字の字体は「敍」 1947年、官報で「敘」に訂正 1949年の当用漢字字体表採用は「叙」」・・・ 「敘=敍=叙=述べる」 「閏」=正統でない天子の位 閏統(正統な帝位を奪った皇統 閏指=六本ゆび(奇形)・・・余った「一本を指す」? 「正閏」 「閏月・閏年」 「異体字」の 「閠」=門+玉 「𥹿」=米+火+土 「䦞」=門+氵+壬・・・類字は「淫」、「浧」 ーーーーー 「閏」 ↓ 餘分の月なり、 五歲にして再び閏す、 告朔(コクサク)の禮、 天子は宗廟に居し、 閏月には門中に居す、 王の門中に在るに従ふ、 周禮に曰く、 閏月には、王の門中に居ること、 終月なり、と(説文解字) ・・・説文=「節分・窃文・拙文」? ・・・解字=「開示・開字・戒自・怪事・快事・界磁」? 「海事・海路・海自(海上自衛隊)」・・・? ーーーーー 国立天文台の「Q&A」のブログ記事から ↓ 閏年 グレゴリオ暦法 西暦年号が「4」で割り切れる年 西暦年号が「100」で割り切れ 「400」で割り切れない年は平年 (西暦2000年、2400年は、 100で割り切れ、 400でも割り切れる) ↓↑ ・・・西暦年数を「コンピュータで干支(六十・六拾周期)年」に変換する「要」で、「干支日(六十・六拾周期)」の「かなめ(要)」である・・・問題は「月の節入り(二十四節季・七十二侯)」は「春分の日」で決まるから「月の節気の境目(節入り日)」、あるいは、その「前後の日」の「月節決定」は微妙である・・・「格式」は「月節期間の蔵干」で決定されるから、「節入り日の日の時間帯」も「節入り日=節入り月」の「かなめ(要)」となるから、その判断は曖昧にならざるを得ない。しかも「月節期間の蔵干」も、その有無による「透干理論」としての「整合性」が曖昧である・・・「自然科学=物理学」の根幹を支えている「数字(計算認識)」も「存在(実体)」からは微妙である・・・で、「五行(疑似科学の物質元素)」を根幹とする「四柱(履歴)推命」も、それで「ヨし」だった・・・「経験則で推理された命」だから「絶対」ではないのはアタリマエである・・・「閏=余り・余分な」モノは「認識外」ではあるが、アドバイサーはナントカしなくちゃァ・・・ ↓↑ 地球が太陽を一回り=約365.24219日 グレゴリオ暦法の 1年の平均日数を計算=365.2425日 グレゴリオ暦の1年≠現実の1年間 「約0.00031日程度の差」 数千年程度で1日のずれが生ずる・・・ ーーーーー ↓ 地球が太陽のまわりを回る(公転)=約365.24219日 =365日+6時間余 春分点を通過~次の春分点を通過する時間=約365.24219日 星空に対して地球が太陽を1周する時間=365.25636日 1996年の春分は、3月20日の17時3分 1997年は、その約6時間後の3月20日の22時55分 1998年は、その6時間後の3月21日4時55分 1999年は、3月21日10時46分 春分は毎年約6時間ずつ遅くなっていく そのために春分日の日付がずれる・・・占い上では困る? 2000年(閏年)=1年の日数=366日 そのため、 春分は約6時間遅れると同時に 1日早い日付になり、 1996年の春分の時刻に近い、3月20日の16時35分になった だが、春分の時刻は、 4年前と全く同じ時刻にナラナイ 長期的には春分の時刻は少しずつ早まる 2024年からは、 うるう年を含む3年間は 3月20日が春分日で、 残りの1年が3月21日 2056年からは、 毎年春分日が 3月20日になる・・・ ↓ 秋分日が 9月23日なのは、 1980年から・・・ 4年に一度 9月24日が秋分日 2012年からは、 4年に一度 9月22日が秋分日・・・ ーーーーー ・・・???・・・
・・・「2・26」ですか・・・「1936年(昭和十一年)2月26日~2月29日」・・・「不祥事件・帝都不祥事件」・・・「早めのパブロン」、風邪気味なのに、ボクの住む町には「市販の薬屋」が潰れたらしく閉店・・・「2016-1936=80」・・・「1929年(昭和六年)10月24日午前10時25分・暗黒の木曜日(Black Thursday)・ゼネラルモーターズの株価が80セント下落・10月29日・悲劇の火曜日(Tragedy Tuesday)・世界大恐慌=world economic crisis(panic)=Great Depression」・・・「マネーサプライ(money supply=通貨供給量)・マネーストック(money stock=通貨残高)」・・・「貨幣の供給量は、民間・銀行・中央銀行の決定に関わる部分によってその大小が決まる」・・・「2016年2月26日金曜日・世界的な金融市場の動揺、先進国と新興国のG20=主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議が中国・上海に集結」・・・「1938年ルーズベルト不況」・・・不況の解決は戦争での「軍需景気」・・・ ーーーーー ・・・ハヤメの破悔論・・・
今朝(けさ・コンチョウ)は、小樽の従姉の孫娘(1月2日0時)の「誕生命式」を頼まれていたので、印字して郵送してきた。「比肩建禄格・氐宿」である。だが産んだ母親は突然の陣痛と真夜中の「帝王切開」での苦痛と苦労の結果の命の誕生であったらしい・・・母と娘、共々、無事に健康であって貰いたいと願う・・・インクの補充が長期間いらないプリンター、順調で、便利ではあるカナ・・・本日は此処(蝦夷地)では大雪になりそうだ。帰り道は雪で埋づもった道をヨイショ、ヨイショ、ヨッコラ、ヨッコラと歩いてきたが帽子もダウンジャケットも真っ白っけ・・・コンピュータを開けたら、もう、2月25日木曜日だった。コレからが厳寒のシバレとドカ雪との本格的な戦いカモ・・・ムカシ、蝦夷地に渡って探検したヒトビトのコトを思えば、「天国」かも・・・それにしても、元々、ココで日常生活をしていた「アイヌのヒトビト」には、結果、「迷惑千万な外来人」であったろう・・・ 三笠の従姉の息子に貸していたボクの「2006年のブログ日記の印刷本」の「文字霊日記」を返して貰ったので再読・・・10年前も、今現在も書き込んでいるモノは同じような繰り返しの記録ではアル、なって・・・文章展開のコトバは軽い・・・そして、それ以前(1983~1990年~2000年代)に書き込んだ「ワープロの記事」を「ホームページに転写したモノ」も・・・ ーーーーー 現在の「ボクのHP」は「モウ君の総合目次」として http://www42.tok2.com/home/nikorao/tokepe/kkmokuji.htm に移転し、「2011年」からお借りしています・・・ ーーーーー 今現在は殆んど現物の「書籍・辞書・事典・字典」を手にして読むコトがなくなった。この町には古本屋も無いから・・・覗いて視るのはコンピュータのモニター画面上の文字と文章、ニュース、動画・・・そして、書き込むモノは、便利で手っとりバやい、「コピペ」で貼り付け・・・多分、「ボクの日記」を読んでくれるヒトも、ボクの不明確で曖昧なコトバは「ブログ辞典」で検索しているだろう・・・だが、ボクの手前勝手な「漢字熟語・コトバ」は検索しても出てこないカモ・・・ホトンド「・・・」、「ーーー ---」、「↓↑」に囲まれた文字や文章は「他者の記録モノ(ブログ記事・事典類)の転写」で、感想、説明、批評の部分のみが「ボクの主体的(?)なモノ」です。参考、参照で、ことわりもなく、「トラックバック」もしない場合も多く、転写、添付、ごめんなさい・・・決して、「盗作」と云うことではないので、御容赦ください・・・添付したホトンドのモノは、即、ダレでもが、コンピュータで「検索」出来るものばかりと・・・ 「原文引用」の殆んどが「無料のウイッキペデア(Wikipedia)百科辞典」です。貧乏人のボクは感謝しています・・・ ーーーーー で、面白いコトに「ウイッキペデア百科辞典」には時折、「コレは独自研究・出典不明で要注意」の文字が出てくる。「出典不明」は「要注意意」であろうが、「独自研究」と評する「主体」は一体ダレなんだか、ここの、この「文字、文章」には「客観(性)」があるのか、どうなのか・・・「客観(性)」は「専門家の権威(?)の分野」であるらしい・・・ ナゼ、「独自研究」の「ドコ」がワルイんだか・・・「デタラメ(?)」でもあるまいが、コレは「私のドクジな研究、見解です。妄想、空想です」と書き込まねばダメらしい。確かに、結構、デタラメやウソの記事や、罠に嵌める記事もあるらしい・・・ 「伝記的な人物」の「履歴」は、「生年月日」以外は「?」な部分が多い・・・その人物の「行動、行為、実践」の「評価」も様々である・・・記録記事を書いた「人間の立場」も様々であるハズだから・・・ ーーーーー 「自然科学分野」では一般的にはその既存、既知の常識的な「是非」が問われるのは当然だが・・・それでも、「未知」で、実証出来ない「仮説」が多い・・・ 「社会科学分野」では「政治・経済・経営・法律」で様々な「立場上」の考えがあってもイイだろうが、「自然科学」とは異なる「人間相互の諸関係のコト、約束ごと」である・・・ 「人文地理(human geography)は地理学の一分野であり、系統地理学の一部門・都市、経済など人文科学・社会科学で扱うテーマの地理学の諸分野の総称」・・・ 「歴史・歴史事件のニュース」は「現実、現場の客観性」が求められるが、その記録者、発信者の「主体的立場」が明らかにされねばネッ・・・ 現実事件、現実事実事象で「既存、既知」であっても、その捉え方の「因果関係の検証」には「絶対的なモノ」はない・・・「人間の心理・心情」が絡んでくるとお手上げである・・・ ーーーーー 「見解の主体、評価の立場の主体、判断の主体、文章の記録責任の主体」を明らかにするコトは必要で、大切ではあるが、「日本語」はママ、「主語」が欠落し、文章自体が「5W1H」を欠落させる「文化?」である・・・「コトバの主語」を欠落させ、それを代用させる「名詞」、「形容詞」、「動詞」、「副詞」がワンサカの「階級、階層、身分上下相互間の序列制の言語」である・・・ 「責任回避」の都合のイイ「同音異義のコトバ」もワンサカで多い・・・「音声言語」だけでは、漢字を記録するまでは、その「真意」もアイマイであるが、タトエ、文脈から「推理、判断」しても、更に「漢字」自体も借り物であるから、その「意味解釈」もアイマイである・・・ 「物語・小説」は、タトエ、「実録」と云う文字がくっいていても、「モノガタリ」である。「事実の記録」ではない。作家の主観的な思いが込められた「創作モノ」である。その作品に表現されたように見える「主観=立場」すら、「享受者・読者」をダマす。「作家」と、その「作品表現の技巧」は別モノである。 特に「私-小説」は「事実」と誤解されやすい。「5W1Hとして記録された事実・事件」が、その「小説の中」にあったとしても、作家の「モノガタリ作文の材料」でしかない・・・ だが、どんな「記録された文字、文章」であろうが、出来あがった記録文それ自体は「現物記録」である。その「現物=記録された文字・文章」を「欠落(全部 or 一部)」させ、あるいは曲げて、「曲解、誤解の説明」に対しては、「その本」には、「その記述、記事、文字」がない、と批判されるのは当然であろう。 驚くべきかな「日本国憲法」の解釈・・・ 「本の贋作」なるモノもある・・・「贋作」には製本されるべき「意図」がある・・・「恣意的=勝手気まま」ではない、人間社会での「利害=損得」関係が絡んだ「意図」である・・・ 「本当」は「本に当る」だが、「本」そのものをあまり「疑わない」し、「アイツはそんなコトは云っていないし、全集の記録にもない」、「本の記録文字、文章の崇拝者」である・・・そして、「翻訳もの」が怪しいとはあまり考えないヤツも多い・・・「翻訳モノ」はそれ自体で「別モノ」である・・・ そして、「本」には「写本」や「類字本」も複数ある。 ーーーーー ・・・ヒマで、興味がアルなら、この「ボクの日記の2006年」を・・・随分とボクは「自分の日記」を大勢の他者、他人に「ヨン」で欲しかったらしい・・・何時の頃にか、ソレに消極的になってしまった・・・結果現在は「2016年2月25日18時45分」・・・
・・・今日は三笠の従姉が息子と一緒に来てくれた・・・彼女も視たと先週日曜日の「NHKスペシャル・新・映像の世紀・第5集・若者の反乱が世界に連鎖した」にハナシが及んだ。あの映像の「一コマの時代」に彼女もボクも生きてきたんだ、と・・・今現在も知らないコトが多いし、あの当時も知らないコトばかりだった・・・知り様にも「知識」は貧困、状況の渦の中に存在して居るにも関わらずその「是非の判断」も、「情報」も曖昧な中で生きていたんだと今更ながら思う・・・ 「シリタイ願望」は今も、あの時も、お変わりなしではあるが、行動に駆り立てるモノはハッキリしている。単純に「戦争には反対」と云うことである。だが、「ナゼ、戦争の殺傷現場に存在しない自分が反対なのか?」がアイマイだったのである。「戦争反対」には自分自身の肉体的、精神的なイタミや、身近なヒトビトの「生死の現実性」を同時体験や、経験をしないかぎり遠くて軽い・・・そして、そうであっても、その「共同経験した後」にこそ、助けてくれる人が存在しないと、人間は「孤独」に襲われるの当然である・・・ 肉体的なダメージを受けた人間をダレが助けてくれるのか?・・・ ホトンドは「共同経験した仲間」ではない・・・その時、その状況経験後の「仲間」も同じような状況に陥って、仲間を助ける余裕がないのが現実である・・・個々人は「戦う前」に「戦った後の覚悟」が必要なのだ。 だが、ダメージを受けた個々人をフォローしてくれるのは、ごく「社会的な常識(?)」に生きている「血縁の身内」である・・・ 経験的な時間と状況は個々人それぞれである。だが、命にカカワル共通体験があったとしても、その後、バラバラになって行きつく先、生きる場所は・・・現状維持の「血縁の身内・一族郎党」である・・・その「血縁の身内・一族郎党」も「?」ではあるが・・・ コトが自分自身に降りかかっているとき、「情を武器」にして近ずいてき、「フォロー(?)」してくれるのは「アウトロー」かも・・・「一宿一飯」のアリガタさは「理屈」ではないから・・・?・・・ 池に投げた小石が水に落ち、その波紋が自分自身の足元までに何時になったら到達するんだろう、と眺めている。足元に来ても少々濡れる程度かも・・・その小石が池の中のサカナを直撃しているなんてコトは思いも寄らない・・・サカナは人間ではないし・・・ ・・・ 「蝦夷(カイ・えぞ)とはナニか?」
ーーーーーー
・・・???・・・
(表紙・画像・音楽)」の
移転先・・・
↓↑
ボクの「古事記字源」の発端・・・
↓↑
干支歴
↓↑
追加添文
「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
Comments